母の物語
さち

母は時折話して聞かせてくれた
その 夏の日のことを
まるで 昔話を物語るように
淡々と淡々と
話して聞かせてくれた



どこへ行った帰りだったかしら
小さな弟を連れて
畑の中の一本道を歩いていたの
暑い日だった
貧しかったから二人とも裸足でね
どこかで
唸るような飛行機の音がしたのよ
なんとなく 見上げた空に
一機の飛行機が見えたの
空襲警報なんて 鳴っていなかった

突然の機関砲の音に
なぜ?なんて思う暇もなく
条件反射で走り出す二人

何も遮るものがない
畑の中の一本道だもの
狙われたの
銃弾が追ってくるの
ただ 必死に走ったのよ
必死に 必死に 走ったのよ



たぶん
本気じゃなかったんだろう
遊び半分だったんだろう
子ども二人 撃ち殺したところで
どうなるものというわけじゃない

戦争は
怖い
命を奪われることは 怖い
その上
戦争は
人の心を狂わせる
それが とても怖い
国に帰れば
善良な優しい人間であるかもしれない人が

もしかしたら薄笑いさえ浮かべていたかもしれない
その遊び半分の下で
蹴散らかされる虫けらのように
おたおたと逃げ惑う二人は
ほかの 何も持たず
自分の命だけ 必死に抱きしめて
どうにか生き延びた
それが 日常である という日々
飛行機の音がしたら
条件反射で逃げ出す
それが 日常である という日々
戦争は
怖い



あの日
もしも弾にあたっていたら
あなたは 今
ここに生まれていなかったのよ






〜言い訳〜
これって、詩じゃないかもしれない・・・。
現実に起きたことを書いただけ。
それでも、ここに持ってきたかったんです・・・。


未詩・独白 母の物語 Copyright さち 2005-07-27 12:27:48
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