ミイちゃん
そらの珊瑚

「きのうのよる、ミイちゃんがかえってきたみたい。ほら、からっぽになってる」
わたしは妹に話しかけた、からっぽのミイちゃん用の銀色のお皿を持って。
「ほんとだ、ミイちゃん、かえってきてごはんたべたんだね」
もうすぐ小学生になる妹は眼を見開いて嬉しそうにそう言った。

わたしは小学校を卒業したばかりだった。それに関しては悲しくも、そう嬉しくもない。レールの上を外れることのない電車に乗っているんだとふと思っただけ。
生理が始まってしまったことは腹立たしい。



きのうの晩、妹と二人でそのお皿にキャットフードを入れた。からん、からん。買い置きのフードの袋を傾ければ、それは最後の一食分になった。
飼い猫のミイちゃんが家に帰ってこなくなって一ヶ月くらい経とうとしている。
お母さんはもうキャットフードを買わないだろう。いつも家計がなんとか、って言うから。
お願いすれば買ってくれるかもしれない。でもそうしない方がいいように思った。
家計のためだけではなく。
ミイちゃんはたぶんもう帰ってこないんだろう。
理由はわからない。

家族が寝たあと、わたしはこっそり起き出して玄関に行った。
ミイちゃんの皿が置いてあるところは猫用にしつらえた小さな扉の前。
わたしは座って皿のキャットフードをぼりぼりと食べた。
いっときわたしはミイちゃんになった。ミイちゃんになりたかった。

にゃおう、と鳴いてみた。

ほどなくしてキャットフードを食べつくすと、わたしはミイちゃんをあきらめた。
明日がエイプリルフールだと知っていた。






自由詩 ミイちゃん Copyright そらの珊瑚 2024-03-20 11:09:02
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