リンゴ──地につながりえぬもの
室町

地に落ちて拾われ

机の上に置かれた一個のリンゴを
飽きることなく
見つめている
凡庸な探偵のように
疑り深く探っているのですが
何処と繋がることもなく
自立しているひとつの宇宙を前にして
その神秘に
慄(おのの)くべきなのか
それとも
挑むように火照る
その
真っ赤なかたまりを
宙にほっては
手の平らに落として
遊ぶべきか

こいつを食らって
楽園から追放された
頭でっかちな連中がいることは
聞いている
母なる大地を失い
父なる大樹も失った
それでも
何を失ったかすらわからず
自律自存の小さな宇宙に
万能を夢みて
まるで地と繋がって生きているように
振る舞ってみせる
そういった人たちがいる
血がすっかり頭に満ちて
胴体は腐り果ててしまった
メガネをかけた
カマキリのような風体の生き物
彼らの頭はリンゴと同じく
自立自存の小さな宇宙だから
「わたしは決して間違わない」と
釈迦のように宣言することもできる
効率の悪い生き物を
片っ端から殺して「老人は自決しろ」と
唇をだらしなく開いて
薄笑いすることもできる
トカゲのような眼をひらいて

恥ずかしさを感じることもない

人よりも
倫理的に優位に立つために
あらゆるモラルをこじつけて
がんじがらめに
してしまったのだが
からだを動かして生きる人たちは
からだで地と繫がり
吐息によって空と結ばれている
難しいことを考えなくとも
開かれた大きな宇宙の辺境に生きている
そういう
小さな人たちは
いつも
間違いばかりしていることに
気づいて
小さく小さく生きてきた
さて
リンゴよ
おまえは小さな人たちをおまえの
向こう見ずなその全能感によって
いともたやすく殺すことができる
おまえの宇宙の真善美によって糾弾し
根絶やしにすることもできる
そしてそれが哀しい性(さが)であることも
自覚できず
殺戮を自画自賛することもできる
さて
どうしたものか
リンゴよ
おまえをどうしたらいいものか

そんなことを考えて二週間がたった
ある日
机の上のかたまり──
一個の宇宙は
いつのまにか光沢をなくし
果皮に凸凹が目立って
痩せ衰えていた

それからさらに一週間も経つと
果実が溶け
皮は破れてしぼみ
皿に落ちた種がほんのすこし
小さな芽を出し始めた
一人の愚鈍な男であるわたしは
リンゴのぐじゅぐじゅをレジ袋に包むと
近所の公園へ捨てに行った
たぶん
木が生え茂るのは
人類がまだ生きていたとしても
随分先のことだろうが





自由詩 リンゴ──地につながりえぬもの Copyright 室町 2024-02-22 06:55:08
notebook Home 戻る