密度流
ホロウ・シカエルボク
僅かな振動、それは肉体の中で生まれていた、リズムが求められ、理由は求められなかった、進展が求められ、完成は求められなかった、渇望は凶暴だったが、今夜はそのまま表現されることは望まれなかった、暴風の中でかすれた口笛の旋律を拾うような作業だ、でもそれを成し遂げなければ、今夜いい気分で眠れないことは分かっていた、常にいくつかのパターンが生まれ、たったひとつだけが選ばれた、ひとつ間違えたらそこで終了してしまう、今日はそんな気分だった、肝心なのは今自分に最も適した速度はなんなのかということだった、痛みが生じるほどに耳を澄まし、辺りに散らばるものの正体を掴もうとしていた、二十一時を少し過ぎたところで、上手く使える時間はあと少しだった、音楽とそれ以外の静寂の中で、手探りは黙々と続けられた、僕は君のようにこれを読んでいる、その意味が君に理解出来るだろうか、だだっ広い野原、誰も居ない朽ちかけた家屋、忘れられた海、そんな場所に佇むことはもうすでに詩として成立している、誰にも見せる必要がないのなら、それで…でもそんな完結はいつか自家中毒に繋がるだろう、望むものに出会えた時、それは変換して吐き出されなければ、身体の中で行き場所を失くしてしまう、振動が生み出していく波形をしっかりと読み取っていなければならない、ある時まで僕は、それは速ければ速いほどいいと思っていた、指先が追いつかないほどの速度で思考を記していくことが大事だと考えていた、でも―ある瞬間に、そんなことはさほど重要なことではないと悟った、僕がこれをどんな速度で記していようと、目にする君たちにとってはどうだっていいことなのだ、僕は余計なスタイルを排除した、でも生み出されるものには一見違いはなかった、でも僕には分かっていた、確実に書き続ける段階に突入したのだと…生まれた羅列の形だけがすべてだ、それ以外にどんな解説も必要はないはずさ、どこにも綻びが生じないように並べることは、先を焦って指を走らせるよりもずっと綱渡りで刺激的な行為だった、君はきっと気付いているだろう、僕は変わり続けている、変化こそが自分で在り続けるための手段なのだ、そうでなければこんなことにいちいち時間を費やしたりするものか、僕はもう意味を求めることはしなくなった、もう何度か説明しているけれど―そんなものは勝手に生まれてくるものだ、コントロールしてはならない、整理された途端に鼓動は失われてしまうだろう、生まれた羅列の形だけがすべてだ、時々は手を止めて音楽に耳を傾けたりする、昔はすべてで一行だと考えていた、でも今は一行がすべてを作るのだと考えている、それは似ているようでまるで違う、あらかじめ理想とされる集合と、結果的に集合となる一行の連なり、真逆だと言ってもいい、そんな一行を継ぎ足し続けていると、感覚は次第に奇妙なサイレントの中に溶け込んでいく…静寂は凶暴だ、あらゆるものをとらえられてしまうからだ、狂気と正気の間には境界線などない、静寂を恐れることなく、拒むことなく、力を抜いて漂っているとそのことがよく分かる、狂気とはなんだ?それはあるがままをあるがままに理解出来る瞬間のことだ、その、膨大で漠然としたデータを畏怖することなく受け止める瞬間、全身を駆け巡る微細な電流が狂気の正体だ、つまるところそれは―芸術の正体だといって差し支えないだろう、僕が芸術などという言葉を口にするのはおこがましいと君は思うだろうか?では芸術の定義とはなんだ?世間に認知されることか?―もしもそれが芸術の基準だというのなら、君はすべての表現から手を引いた方がいい、辞めちまえばいい、それはごく非常に一般的な、社会的な意見だ、自分の中に基準が無いのなら、大人しく時間を社会に献上して給金を貰って過ごすべきだ、いや、確かに僕自身、芸術なんて言葉には少しよそいきなものを感じてしまうけれど…芸術なんて本来、学術的な意味で語られるような言葉ではないはずだ、僕はそれは熱量のことだと思うのだ、あらゆる種類の熱量のことだ、ただ闇雲な、勢い任せのものだけのことじゃない、芸術の中にはそれだけしかないと思う、なのに、インテリゲンチャどもがそいつの意味を捻じ曲げてしまった、豪邸やポルシェ、上等なワインみたいなものにしてしまった、まったく、すぐに定義に走る連中はろくなことをしない、それはどんな階層に居る人間もそうさ、僕はそんな連中に唾を吐き続ける、そんな連中が僕について分かったような口をきいていると、悍ましい虫を見たような気持ちになる―
世界は毒ガスに満ちている、だから、僕は仰々しいマスクを装着するのだ