おつかいじいちゃん[まち角29]
リリー


 スーパーの食品売場
 高らかと流れ始める
 映画『ロッキー』のテーマソング

 バックヤードから颯爽と登場する
 二人一組で値下げシール貼り回るアルバイト達
 曲がサビの旋律になれば
 すっかり 主婦たちから熱い視線、浴びている

 私も その背を分け入って
 覗いてみようとした精肉コーナー

 「すみません。」
 呼び掛けて来る か細い声に振り返ると
 ユニフォーム姿でエプロンの左胸に名札付ける
 品出し中の女の子だ

 「あの、すみません。筑前煮に入れる鶏肉は
  どれを買えばいいんでしょうか?」
 恥ずかし気で困った表情の隣に
 申し訳なさそうな笑みを浮かべ
 ペコリ
 頭を下げた おじいちゃん

 グレージュの薄くなった頭髪
 小柄な体格に羽織るスポーティなダウンジャケット
 その人の右手には一枚のメモ用紙
 達筆な文字が踊り
 「鶏肉」
 としか書かれていない

 老夫婦 お二人だけの御夕食
 見知らぬ食卓の一品

 奥様がいつも 作り置き為さるのか
 それとなく伺いながら
 グラム数に迷い一緒にモモ肉を選ぶ
 心地好い緊張感

 「ありがとう。」
 私の手渡すパックを受け取る
 嬉しそうな、その人の右頬に笑窪があった


自由詩 おつかいじいちゃん[まち角29] Copyright リリー 2023-12-20 19:18:06
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