その子供は堕ろされなかった
モリマサ公

カーソルが点滅するのを見つめている
その子供は堕ろされなかった
まつ毛は左右にゆれ
妊娠検査薬千二百円
ドゥーテスト2回用はわずかににじんだが
それはあなたの足跡ではなかった
ここはどこ?
雲が立ち込めている
否、煙だった
スーパーの青果コーナーに並ぶ
茄子も胡瓜も無惨に荒れ果てて
看板は今にもおちそうだよ
あれはだれでもなかった
分娩台にひとの気配はなく
どの子供もいないのがわかった
下腹部が拒むように痛む
働く場所を見学し合いたい
昨日まで見ていた夢の続きをみせてよ
夢の中で行ったあの場所
四つ木のインターをすぎると
固いコンクリートの壁でどこまでも
できた建物がみえるね
何人もの幽霊が徘徊している廊下を
はいいろのワンピースで手紙を渡すために
歩いていたことがあった
とは言わず
そのちいさなちいさな子供は空想で何日間か
存在したりしなかったり
を繰り返しているんだよ
とも言わず
あたしたちは何事もなかったようにあいさつし
あたしは車に乗って出かけた
とても静かにアクセルペダルを踏んで
歯医者でちょびっと折れた歯を治してもらいに
どの分娩台でも
その子供は堕ろされなかった
それはあなたの足跡ではなかった
(さようなら)
(さようなら)
存在しなかった命よ
さようなら世界
夜が明けます

曇りの赤潮の海浜公園で
わたしたちはいつまでもはしゃいだ
「あ、あれなんだろう、超ちっちゃいけど」
「あ今、見えた」
「見えない、遠すぎ」
「あ、今そこに」




自由詩 その子供は堕ろされなかった Copyright モリマサ公 2023-09-18 22:16:29
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