陽の埋葬
田中宏輔

三月のある日のことだった。
(オー・ヘンリー『献立表の春』大津栄一郎訳)

死んだばかりの小鳥が一羽、
樫の木の枝の下に落ちていた。
ひろい上げると、わたしの手のひらの上に
その鳥の破けた腹の中から、赤黒い臓腑が滑り出てきました。

わたしは、その鳥の小さな首に、親指をあてて
ゆっくりと、力を込めて、握りつぶしてゆきました。

その手触り……

そのつぶれた肉の温もり……

なぜ、わたしは、たぶらかされたのか。

うっとりとして陽に温もりつづけた報いなのか。

さやうなら、さやうなら。

粒子が粗くて、きみの姿が見えない。

死んだ鳥が歌いはじめた。

木洩れ日に、骨となって歌いはじめた。

──わたしの口も、また、骨といっしょに歌いはじめた。


三月のある日のことだつた。
(オー・ヘンリー『献立表の春』大津栄一郎訳、歴史的仮名遣変換)

木洩れ日に温もりながら、
縺れほつれしてゐた、わたしの眠り。
葬埋はふりをさめたはずの小鳥たちの死骸が
わたくしの骨立ち痩せた肩に
その鋭い爪を食ひ込ませてゆきました。

その痛みをじつくりと味はつてゐますと、
やがて、その死んだ鳥たちは
わたしの肩の肉を啄みはじめました。

陽に啄ばまれて、わたくしの身体も骨となり、
骨となつて、ぽろぽろと、ぽろぽろ
と、砕け落ちてゆきました。

陽の水子が喘いでゐる(偽りの堕胎!)

隠坊おんばうが坩堝の中を覗き見た。

──陽にあたると、死んでしまひました。

言ひそびれた言葉がある。
口にすることなく、この胸にしまひ込んだ言葉がある。
何だつたんだらう、忘れてしまつた、わからない、
……何といふ言葉だつたんだらう。
すつかり忘れてしまつた、
つた。

死んだ鳥も歌ふことができる。

空は喪に服して濃紺色にかち染まつてゐた。

煉瓦積みが煉瓦を積んでゆく。

れ鐘の錆も露な死の地金、虚ろな高窓、透き見ゆる空。

わたしは、わたしの、死んだ声を、聴いて、ゐた。

水甕を象どりながら、口遊んでゐた。

擬死、仮死、擬死、仮死と、しだいに蚕食されてゆく脳組織が
鸚鵡返しに、おまえのことを想ひ出してゐた。

塵泥ちりひぢの凝り、纏足てんそくの侏儒。

隠坊が骨学の本を繙きながら
坩堝の中の骨灰をならしてゐました。

灰ならしならしながら、微睡んでゐました。



自由詩 陽の埋葬 Copyright 田中宏輔 2023-09-11 00:19:56
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