坂道と少年。
田中宏輔

夏陽がじっくりと焦がす
白い坂道の曲がり角
大樹の木陰、繁り合う枝葉
セミの声
見上げる少年と虫捕り網

身体を揺らしながら
爪先立って手を伸ばす少年
ぼくは坂を下り
空の虫籠に
短い命を入れてやった

片手で押さえた麦藁帽子
ぼくを見上げる夏の顔
昆虫と引き換えに
ぼくが受け取った笑顔は
最上の贈り物だった

足早に坂をかけ上る少年
脇に挟んだ虫捕り網
揺れる虫籠
白い坂道
夏の日

いまはまだ大きく揺れる虫籠も
いつの日か、きっと
その紐が切れるぐらいに
重くなるだろう
そのとき少年は振り返って

坂道を下りてくる
腕は太くなり
胸は厚くなって
少年は、少年を越えた日に
坂道を下りてくる

そのとき彼は
大樹の陰に見るだろう
幼かった日の自分を
輝きに満ちた日を
懐かしいときを

世界がまだ自分より
ずっとずっと大きかった
あの頃を
あの日々を
あの夏の日を

夏と
少年と
白い坂道
ぼくのなかでは
何もかもが輝いていた




自由詩 坂道と少年。 Copyright 田中宏輔 2023-06-19 09:12:52
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