春雨詩織
ただのみきや

銀の絃まなうらに響き
吐息に狂う去年の蝶
苦味に触れてくちびる腫らし
ささえ切れずにいのちを散らす

わたしの生は福寿草の見た夢
風にそばだてながら
太陽のパン屑を拾う
土が乾くころ燕が来る前に
紙の獅子は羊水で溺れ死ぬ

雪解け水は走る
その背で光は遊ぶ
さざめき笑う鱗たち
春の股の間の裳裾を揺らして

ノートは白紙へ返る
進もうと戻ろうと
白い火に蝕されて
ことばが領土を失ってゆく
栞は蝶に
風にもつれて光にとけて

折りたたんだ影を開く
羽化しそこねた虫のように
非対称をもって自らとし
矛盾をもって答えとする

日々が爪繰られる
呼び名はあっても顔のないことばたち
絃を切れ
始まりも終わりもなく
拾い上げれば棘のよう
甘いめまいが耳元で
月のように秘密を脱いだ

春の上に春が重ねられる
繰り返し押されてきた烙印のように
記憶の同じ所に少しずつずれながら
やがてイコンとなった
女の薄皮一枚破れば砂塵となってあふれ出す
はしゃぐな 犬の骨を見つけたくらいで
ただ聞け 鳴く砂の音を

雨にとらわれて
掌の上には東も西もなく
やわらかい蜘蛛が死んでいる
すすり泣くような地下水で冷やされた心臓よ
刻むリズムはなにと絡む
イズムなき大地から天高く起った傷
あの震える肉 潤んだ骨笛



                    (2023年3月25日)










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