刺激のあるものが食いたいって誰もが思うけど
ホロウ・シカエルボク


何処に行こうが何をしようが
自分に出来る以外のことは出来はしない
落ち窪んだ目をかっ開いて
その瞬間の最善の選択を

日曜日、朝六時
路地裏でカサカサになった
雀の死骸を見下ろしていた
すぐそばを歩く一匹の蟻も
まるで興味の無い様子だった
まるで地面に描かれた絵のようだった、雀
奇妙なほど暖かい春の朝だった

コンビニで手に入れた切り刻まれた手紙
復元してみたら殺害予告だった
どうしてそんなものを捨てなければならなかったのか?
「殺」という字を間違えていたせいかもしれない
それはある意味で
衝動というものの象徴的な表現だったのかもしれない

二年ほど精神病院に入院していたことがある友人Tは
先週救急搬送されて
戻ってきた時には右手を失っていた
なんでも水炊きをしている最中に
突然それを鍋の中に突っ込んで一時間放置したらしい
「痛みも熱もまるで感じなかった」って
道で転んだ話をするように笑ってた
「お大事に」と俺は気遣って
ありもしない用事を思い出してその場を離れた

彼女がなにかしらの用があって
メールを送って来たってスマホの通知が光ってる
レトルトのカレーの封を切りながら
昨夜眠る前に観た
大量虐殺の動画のことを考えていたので
返信しなければと思いついたのは食後になってからだった

飯食って糞にしてやがて死ぬ
これでいいのかと思いながら
食い足りないと嘆きながらやがて死ぬ
幸せしながら死ぬ、そんなやつの話は
そんなやつの話はついぞ聞いたことがない
たぶん幸せなんてものは
宗教家と政治家がでっち上げた夢物語だ

真夜中に突然目が覚めたら
暗闇の中で
誰かが指を執拗に舐めていた
どれほど目を凝らしても姿は見えず
人なのか動物なのかも釈然としなかった
無視を決め込んで寝直そうとしたが
どうにも上手くいかなかった
どうしてこんな目にあうのかね
思わずため息をついたら
そいつは急に指を舐めるのをやめて
様子を窺うような気まずい沈黙を残して居なくなってしまった

朝になる前に夢を見ていた
そこでは至極普通の生活が展開されていた
現世は夢、なんたらかんたら
人が生きるにおいて
現実の定義はいったいどこにあるっていうんだい
朝飯を食っていたら突然気分が悪くなって
便器に突っ伏して食道の途中だったそれを全部吐いた
水を流すとなんだか虚しくなった
処女膜を失くした女ってこんな気持ちだろうか

アレルギーの薬と市販の胃腸薬を、飲んで
その日はずっとじっとしてた
うたた寝の中で見た夢は酷かった
懐かしい人たちが勢ぞろいして
なにか釈然としない理由で口々にこちらを責め立てていた
なにが起こっているんだと黙って立ち尽くしながら、目は
都合よくガトリングガンでも落ちていないかなときょろきょろしていた

そしてそれは本当に落ちていた
そう、それは本当に足元に落ちていたんだ
拾い上げて正面に構え
トリガーを引くと飲み過ぎた時のゲロみたいに
ガトリングガンは途方もない量の弾丸を放出した
それは群衆の頭部を片っ端からぶっ飛ばし
気が付くと血の海にくるぶしまで浸かっていた
つまりそれはどこか
室内での出来事だったってわけだ
部屋から出ようとしたが
大量の血液はボンドのように脚に絡みついて
少しも身動きがとれなかった
まだなにかが起こるのかもしれない
一人残っているのはおさまりが悪いのかも

日が暮れる頃に具合は良くなった
とにかく腹が減っていた
家で食うよりも外に出て
なにかカロリーの高いものを食いたかった
服を着替えて外に出ると
軽い眩暈を覚えてフラフラした
少しじっとしているとすぐにおさまった
レストランに入って
パスタとコーヒーを頼み
黙って食い、飲み干した
斜め向かいに居る若いカップルが時々こちらを見ては
馬鹿にしたようにヘラヘラと笑った
プライドってそういうもんだって
きっと彼らは考えているんだろう

夜の街は酒を飲みたがっているやつばかりがうろついていて
すでに出来上がっている者も少なくなかった
金髪の若者が街路で素っ頓狂な声を上げては
ゲタゲタと笑っていた
ガトリングガンは落ちていなかった
仕方がないので改装中の店舗の入口にあった
バールのようなものを手に取り
ホームランと叫びながらフルスイングした
金髪の若者は金髪ではなくなり
路地裏の雀と同じようなものになった
先を歩いていた若者の仲間たちが振り返り
倒れた仲間を見て悲鳴を上げ、腰を抜かした
バールを持ったまま走って
人気の無いところで廃屋の排水パイプの中に隠した
指紋ががっつりとついているだろうから

家に戻り、水を一杯飲んだ
何をやっているんだとぼんやり考えた
選択としてはなにひとつ最善とは言えなかった、けれど
なんだろう、この愉快な気分は
しばらくの間大声で笑った
夜中だということも忘れていた



それからインターホンが



自由詩 刺激のあるものが食いたいって誰もが思うけど Copyright ホロウ・シカエルボク 2023-03-11 16:33:17
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