Wake Up Dead Man
ホロウ・シカエルボク


通り過ぎたのは生温い風だった、不規則で断続的な眠りの中で疲弊した網膜は、在りもしない滑稽な幻覚を見ていた、十六時…関節のあちこちで氷河期のような軋みが聞こえ、まるで鉄の鎖で拘束されているかのような重さと気怠さが身体にはあった、きっと、その縛りを隙間なく絞めつけたのは、俺自身に起因する何かだったのだろう―空は雪の日のような曇り方をしていた、普通に考えれば、ここいらの地方で三月に雪が降ることなど考えられないだろう、けれど、俺はまだ四月に雪が降ったことがあるのを覚えていた、もう二十年以上前の話だ、だけど、この世界に絶対はない、人が何かを信じることには力が在ると言われる、だけどそう、そんな思いで例えば異常気象を阻止出来ると考えているなら、そいつはきっといかがわしい宗教の信者かただの妄想狂に違いない…どうしてこんな日に、こんな時間に外を歩こうと思ったのか?部屋に籠り過ぎてストレスが溜まったのかもしれない、でも、そんなこといまに始まった話じゃない、俺は不愉快なものにこだわり続ける癖がある、書き続ける人間にはみんな、そういうところがあるだろう、何も俺だけの特権というわけではない、そう―ある種の醜さは見つめ続けることで学びを得ることが出来る、「人間を見ろ」なんて、どこかのマンガの話じゃないけれど、そういう側面は確かにある、もちろん、そんなものに関わらなくて済むならそれが一番いいけれど…でも、じっくり眺めてみるとなかなかに楽しいものだぜ、持ちネタがひとつしかない芸人みたいなもんさ、ま、そんなことはどうでもいい…俺がここで言うストレスというのは、そういうものとはあまり関係がない、話のついでというやつさ…ストレス…人生におけるストレス、自分自身に関するストレスというのは、向上心に起因するものさ、ルーペグラスを覗いて、ピンセットで砂粒ほどのピースを並べてジグソーパズルを仕上げようとする、そんな工程が生むストレスだ、そりゃあ、たまには投げ出したくなることもあるさ、でもそいつは、一度投げ出してしまうともう取り返すことは出来ない、まして俺はこれをずっと続けてきた、いまさら牙を引っこ抜いて首輪をつけてもらい、鎖に守られた範囲内だけで我が物顔をするような真似をするわけにはいかない、俺はすぐに何かを書かなくちゃと思う、それがどういった理由によるものなのかはよくわからない、どんなことでも書いていないと落ち着かない、たとえそれが以前書いたものによく似ていても、まったく同じフレーズが浮かんでもそのまま使ってしまう、それはその時生まれた一番正直なものだからだ、人間とは結局、自分自身という幻想を追いかけ続けて朽ち果てるのだ、そんな風に言うととても虚しい行為に思えるかもしれない、だけど、見え透いた幸せや目先の卑しい勝ち負けにこだわって生きるよりはずっと、生々しくて高揚感のある行為さ、イデオロギーを他人に丸投げして、汎用品に則って生きている連中なんて死ぬまである程度の範囲の中でしか生きられないんだ、「鎖の届く範囲」ってことさ―俺は子供の頃からずっと、そんな汎用型の美徳が信じられなかった、それは合理的で分かりやすくて、それ以上考える必要がまるでないものだった、だから、そんなものに従って生きなければならない瞬間には、自分が酷い馬鹿になったような気がした、でも俺はそうはなれなかった、結局そこから出てきてしまったのだから…少し陽が暮れるのが遅くなったなと思う、今までに何度、こんな季節や考えが頭の中を巡ってきたのか?そしてそんな現象の数々は、この俺の人生にいったい何をもたらしたのか?すべてが一昨日見た夢のような感覚だった、確かに自分が経験したことなのに、期間と量が膨大過ぎてまるで他人事みたいだった、こと真実に関しては、自分自身すら信用出来なくて当然のことなのだ、誰もがその当然理解しておくべきところを間違えている、だからいつまで経っても同じところで同じようなことをつづけているのさ、「デッド・ドント・ダイ」って観たかい?ジムジャームッシュのゾンビ映画さ、酷く陳腐なメッセージだけど、幾つかの味付けがそいつを凄くチャーミングなものに変えているよ…U2から逃げようとしていたころのU2のシングルがどこかで流れている、俺は不遇の時代のアルバムって好きなんだ、どんなアーティストでもさ…そいつが見せようとしている自分とはまるで違うものがそこにはある、そんなものの方がそいつ自身をずっと上手く語っているんじゃないかって―そんな風に感じられてとても好きなんだよ、ある程度の人数を相手にするには、イメージを利用することは確かに重要なことかもしれない、だけどやっぱり、時々はそこからはみ出してくれなくちゃ…自分にも分からないものの為に作らなけりゃ、創造物なんてものにあんまり意味はないような気がするんだ、夕日が沈み切る前に家に帰ろう、妙に痒い目の縁を指で撫でながら、汚れ切った側溝に唾を吐いた、一日中暑くも寒くもなかった、時々はそんなことが妙に忌々しく感じられたりもするんだよ。



自由詩 Wake Up Dead Man Copyright ホロウ・シカエルボク 2023-03-05 22:10:16
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