[幻覺庭園] 譚
墨晶

 I

「ね ね お兄ちゃんさ ミ 持ってかない? ミ」
「やめろ オレに冗談云わそーとしてんのか」
「ミ 持ってってくれねーかなー たのむ」
「いらん!」

殺戮 燒肉 怪しいほど在庫が半端な中古レコード屋 裏切り 客の多いぼったくり黴入りコーヒー屋 道端の切斷された指 モンゴル人店員のいるコンビニエンスストア 野望 救急病院 カネ 猫 高速でオーナーが入れ替わる飮食店用居拔き物件 圍むようにゴシックファッションの少女たちの行列ができるホームレスが住む公園 手を繋いで步く坊主頭・顎鬚・眼鏡の肥った男たち 質屋 道端の座藥チューブ 小學校裏の風俗店 バンダナ・リュックサック・迷彩パンツ・ブーツいずれかを身に着け步けば職務質問に遭わない者はいない ここまで云ったとしても これらのありふれた屬性など いまやいかなる町にだって當てはまる だからここへ目隱しで連れてきた人閒に「ここはパリのマレ地區 セヴィニェ通りだ」と云っても決して疑わないだろう 下水の匂いのする 腐るほどありふれすぎて特定不可能な町 頭狂 西✕✕の 流血と吐瀉物と小便で薄汚れた裏通り 金さえ出せば誰にでも「思いやり」と「眞心」で部屋を貸す怪鳥のごとき聲の老女がオーナーである路上の犬の糞よりありふれたビルの地下一階の 更なる下の定義不可能な階層 (斷層と云っても良い) に
[幽玄會舍・幻覺庭園] はあった 
當然この名稱は假だ たとえば 「異界」と云うものはいつでも假の名稱で呼ばれはじめ假であり續けることは 過去・現在 例に事缺かない事實だ 但しこの名稱から敢えて商取引及び販賣を行う會社法人を連想させようと云う意圖は 對象と最も類似が發見できず類推できないものを語る際の定石の方法であるのは云うまでもない
その夜も 下水の匂いだけでなく名狀し難い別の匂いに [壽司屋] (異界・代表) とその兄以外の [構成員] たち二名は 耐えられずカードを打刻し逃走した おそらく連中は 流血と硝煙の匂い そして豚の骨から出汁を取る事業所からの湯氣が釀す汚臭に滿ちた地上のほうが理性を感じた筈だ これは大きな問題ではないが その [構成員] たち二名は人閒ではない 敢えて云うならば彼らは [烏賊人閒] だ  [壽司屋] に協力した者たちはことごとく去り ─なぜならば (これは後述するかもしれないが) [壽司屋] には奇妙な性癖があったのだ─ もはや彼らを已むなく雇う他なかった しかし [烏賊人閒] たちですら時として理性に還る本能があると云う報吿は 未だ多くはない筈だ
[庭園] には いくつもの靑い筒狀の網が吊り下げられていた 筒の內部がいくつかの段に仕切られていて その各段のなかの [原材料] が [熟成] していく匂いが 奇景とともに「異界」たらしめているだけであれば そこは地上のありふれた場所の一部だっただろう この [庭園] が「異界」である所以は 具現化した [壽司屋] の「幻視」がそこにいる者たちを侵し蝕み續けるからなのだった (もはや云う必要はないが [壽司屋] の素性は 酢をまぶした米飯を握り固めその上に海洋生物の切片を乘せたものを加工製造販賣している譯ではない そして過去にもそのような業務に關わったこともない 「名稱」と云うものは既述の通り意味があるほど悲喜劇なのだ)


 II

「これ エロい氣分になるの?」
「いえ わかんないっスね」
「吸ったらどうなんの?」
「やー わかんないっスね」
「假に吸ったらどうなんの?」
「お客さんこれね 製造者は吸うことを想定して作ってないんスよ」
「だって作った人の責任ってもんがあるじゃないのよー」
「製造者は『吸うものではありません』とは云ってますけどね」
「ほらー キケンなモノ入ってるんじゃないのー?」
「警吿を無視したお客さんに對して責任取ることないじゃないっスか」
「じゃー入ってないの?」
「あったりまえじゃないっスか」
「・・買ったひとはなんて云ってんの?」
「さー 感想云ってくるお客さんはいないっスけど・・ただ リピ-ターのお客さんはいますよ」
「へええ!・・ふーん・・で アンチャンはやったことあんの?」
「ないっスよ」
「ちょっとー! 販賣者がよく知らないってどーゆーことよー」
「・・お客さんね たとえばウチでスカート賣ってるとしますよ だけどオレね スカートの試着ってしないんスよ ウチいろんなもの置いてるけどさ それって基本お客さんのニーズに應えてるだけだから どの商品に對してもクレームがあればソッコーで對應してんけどさ この商品 まだノークレームっスよ ウチのお客さんたちマジメだから 變な使い方だーれもしないってことっスよ ね つまりそーゆーことっスよ」
「・・ふーん・・アンチャンさ・・どっちがおススメなのよ?」
「どっちも賣れてますね」
「こっちのほうは高價いじゃない」
「ちょっとだけクオリティが良いらしいっスよ そっちは」
「・・ふーん・・これいつも置いてるの?」
「いつも置いてないっスね これ製造者都合で 向こうが納品に來たら入れてるだけっスね だからなくなっちゃっても次いつ入るとかウチ云えないんスよ」
「えっ じゃー 今 ここにあるだけ?」
「ええ そうっスね」
「・・ふーん・・じゃー・・」


 III

「なんでこんなものまだ作る必要があるんだ?」
「ちょっとカネが必要なんだよね」

[壽司屋] の經濟活動を描寫するには 「描寫」と云う槪念を問い直さなければならない 云い閒違えではない 「經濟活動」ではなく「描寫」の方なのだ 何故なら [壽司屋] は利益を創出し分配し取得してきたからだ

[壽司屋] は大量に南亞米利加產及び東南亞細亞產の食用植物Bを購入してきた その日 西✕✕でBを販賣する食用植物店は [壽司屋] の來店後どの店もシャッターを下ろした これが「西✕✕ショック」の實狀だった 
[庭園] の隅で  [壽司屋] の兄は膨大な服をマネキンに着せては服以上に膨大な寫眞を撮影した後 電子寫眞機から畫像情報を電腦內に抽出する行爲をしていた かたわらで [壽司屋] は [庭園] 內部にウルトラマリン色の網でできた提燈を何張りも吊り下げると 電腦が數臺載った兄の作業する長卓子の端で 一つずつ 山積みのBの外緣部を剥離し「聞新硏纖」と云う植物纖維製風呂敷の上に溜め 內部の「ミ」と呼ばれる部分を [ジップパックに似た何か] に詰める行爲をした そしてその行爲が終わると 溜まったBの外緣部を提燈の數段の層になった內部に裝填した 數週閒後 [原材料] に變化した外緣部を粉狀に破碎し人閒の手の小指ほどの長さに [紙] に卷き 電腦に繋がった印刷機で建造した小函に3BPずつ封入たものが [壽司屋] の「商品」だ

「カネってキミねー いっぱい持ってんだろ」
「持ってる・・けど そっちは使いたくない 今は」
「・・で いくら必要なんだ?」
「參萬 いや貳萬かな」
「そのくらい財布に入ってるだろ! オマエだったら!」
「いやー はっはっは」
「・・何につかうの?」
「あのね チャリ買おうと・・」
「買い替えか」
「いやー プレゼントをしよーかな ってゆーさ」
「・・誰に」
「あのね 今ね 行きつけのサイボーグバーのさー サイボーグのおねーちゃんがさー チャリほしーっつーんだよ そんでさー」
「おまえ [サイボーグ橫丁] 行くの好きだな」
西✕✕の近鄰にある新✕✕✕の一地區は [サイボーグ橫丁] と呼ばれている 「異界」はやはり繋がり合うしかないのだ
「まーさー なんつーか・・ところでさ ね ね お兄ちゃんさ ミ 持ってかない? ミ」

數日の內に膨れ上がり 內側に水滴が付いた [ジップパックに似た何か] に長卓子は埋め盡くされている その中に [壽司屋] がグローブなしで摘出した「ミ」が入っている

「やめろ オレに冗談云わそーとしてんのか」


 IV

「お兄ちゃん これ見てちょっと これね オレ作った廣吿の原稿」
「廣吿? なんの?」
「雜誌に載せる原稿 オレが作ったのこれ 電腦で作ったの」
「ふーん・・スゲーじゃん で これ なんの宣傳?」

後年 宿命の赤痢で多數被害者を出すことになる大家族用ぼったくり大衆食堂「くもすずめ」で 高密度の雜談が行われていた それは不穩すぎる晝閒の平日で 衝擊的なそのとき 客は全身黑衣の二人しかいなかった 一人は金髮三白眼 他方は蓬髮無精髭である 金髮が道を行けば風景は末世の如く歪み 無精髭が徘徊すればすれ違う者は皆虛無に冒された
海老クリームスパゲッティを海老だけ殘しきれいに平らげた金髮は鞄から一枚の書類を出して無精髭に見せていた 無精髭は鼻血色のグラスワインを刹那的に飮んでいる
觀光海水浴場と思しき風景の手前で 橫向きに膝を抱え座る髮の長い東南亞細亞系の女性がぼんやり空中に目を彷徨わせている その橫に箱らしきものが二つ竝び 空中に

「まったりとろろーん
 エロイーズの恍惚
 B✕✕P✕✕✕✕
 Regular 四千八百圓 Super 五千八百圓
 新感覺のお✕です」

の文字がある

「で なんなわけ? このB✕✕ナントカってゆーヤツ」
「ハツメーしたんだ」
「ハツメーかよ」
「おお」

無精髭は一瞬で理解した

「ハツメーか」
「ハツメーです」
「ハツメーって」
「うん ハツメー」

無精髭は醉ったような氣がした 酒に醉ったことはない しかも今飮んでいるのはワインだ 誰かの思念が侵入してきたとしか考えられなかった 

「で 廣吿を出す なんの雜誌に?」
「とりあえず 今度B✕✕✕✕Aに載るんだ」
「そんなメジャーな雜誌に載せて大丈夫か」
「全然餘裕だよ だってこれ ほぼなんの廣吿かわかんないじゃん」
「・・お✕なんだよな?」
「まあ うん」
「お✕なのにレギュラーとかスーパーって」
「ああそれね 紙に卷いたのが入ってんの 箱に」
「紙って」
「卷き煙草の紙」
「だから この箱か」
「そーそーそー」
「まちがうじゃん」
「そこなんだよ」

幻視だ 閒違いない 今 目の前の金髮の幻視による侵入を受けているのだ

「・・あのさー キミねー またそーゆーねー・・」
「それより 宣傳文良いでしょ? それもオレ考えたのオレが」
「・・『エロイーズの恍惚』って・・」
「良いでしょ?」
「・・そりゃ なんなんだ?」
「意味があっちゃダメなんだ」

强い閃光が見えた かたわらのグラスワインが蒸發していた


<了>          2015-11-21


散文(批評随筆小説等) [幻覺庭園] 譚 Copyright 墨晶 2022-11-13 21:17:33
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