時の落とし仔 地の逆仔
ただのみきや

自戒/自壊

集中するな 散漫になれ
強すぎる日差しにまどろむ植物のように
むき出しの感覚を微笑みのように裏返し
光の木霊から剥離した虹の鱗に映り込む
おまえの失語を速写せよ





ニュースの役割その効用

人々に暗い未来を予感させ不安を煽ること

人々に変わらない現実を突きつけて不満を膨らますこと

人々のストレス解消のために旬なスケープゴートを差し出すこと

人々に広く薄く情報を与えて自分は知っていると思い込ませること

人々を社会機能が損なわれない程度の対立へと煽り 根本から
 目を反らさせ高揚感と疲労感と引きかえに力を費やさせること





おろかもの

囁きにも飛ぶような
みどりの蜘蛛
手の甲で戯れて
光は重い
影は見えているふりから見えないふりへ
目を瞑っていた
風は初めからずっと





掃除夫

掃除夫が近づいて来る
帽子を目深に被り
箒で掃きながら
掃除夫が近づいて来る
壊れた懐中時計のように
冷たいなにかを内に秘め
掃除夫が近づいて来る
その耳には目があって
こちらをジッと凝視する





救済

突き詰めると人はみな魂の救済を求めている
先っちょの理想と土台が欲するものとのズレが
人をさまよう氷山にしてしまう
近づこうと思えば離れ
離れようと思えば近づいて
自分でも忘れている
マンモスじみたなにかを氷漬けにしたまんま
水面上を凝視するが
なにもない孤独の海
水面下では変わらない欲求が
なにかに引き寄せられるよう
櫂も動力もなく勝手に動き出す
乳飲み子が乳房を求めるような
言葉にできない形にならない餓え
「魂」も「救済」も単なる言葉に過ぎない
どんな言葉に置き換えてみたところで
結局のところ人はみな魂の救済を求めている





スクリュー

胆汁に染まった柔らかなスクリューはヘルメットの中
区画整理される前に水没した街角で金魚たちを展開させる
狂信の発芽に蠅たちが視覚化するオノマトペ
その廃棄された祈りの先端に原色のリボンを結んだ手を求めて
溶けたガラスの海を渡った 孤独な心音を模倣して
薔薇は回転する 二足歩行のリズムで血を流しながら
狙いを定めた盲人の一瞥に魚雷を予感した抜き身の性の律動
羞恥を極めた透明な肉体が具現化されるまでの言い訳を
金鎖を持て遊ぶように全ての眼鏡を指先で響かせながら
虹色の猿を欲しがって止まない目耳の群れをすり抜ける
濃い光と影の境界を泡立てながら推力を得る舌の上
雲間に浮かんだ憂鬱な三角錐 遠雷と散華の日々

掌からはみ出した季節の円環に巫女たちの祝詞の唾がかけられる
冷凍食品の蛙たちが下腹部から脳まで這い上がる時間
蘇った劇団員たちは炎と戯れながら子どもたちに近づいて
その喉に自らの呪いと紐付けられた鍵を垂らす
発芽前のゴム毬のような魂を釣り上げようとして口うつしで
ささやきかける 時計の推力が虚無をまき散らす以前の
農村から死者たちの嘔吐えずきを通奏低音に淫夢から淫夢へと

赤い花弁を散らした水槽で顔の裏側を溺れさせる
尻切れの言葉を喉に詰まらせて瞳は鈴のように鳴っていた
足の踏み場もなく散乱した顔 顔 顔
その舌紋のイメージは記憶の内壁を這い回る青い蛞蝓
心音は孤独な死の蕾

スネア・ドラムの上でピーナッツが踊っていた
差し込まれたフィドルの弓で脳が擦られると
闇に白くたなびく女たちがいた
やがて服を脱いで裸になると女たちは狼に姿を変え
夜明けの月に遠吠えしながら戯れ合っている
ドブロ弾きは酔いつぶれ目の中に月を宿したまま
とっくに湿った土に還っていた
言葉ではないなにかを口もとから垂らして
狼への欲情を抱いたままわたしは霧散する





肉体

わたしはこれを愛す
生活の道具
快楽の玩具
繫がるため
遮るため
窓はあってもドアのない家
気ままな小舟



                《2022年5月22日》










自由詩 時の落とし仔 地の逆仔 Copyright ただのみきや 2022-05-22 13:21:35
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