デッドマン・ウォーキング
ホロウ・シカエルボク

ポリバケツの中に廃棄された腐敗し続ける狂気と、その肉を狙うドブネズミの低い鳴き声、名前も知らない薬の効果偏頭痛に変わる日常の蠢き、まともな時間じゃないのだから文句を言うのは筋違いってもんさ、月は薄曇りの空の中で、時折こちらをうかがう目のようにそこにあった、雨の後の行き場のない湿気は悔恨のようにまとわりつき新しい苛立ちの原因になった、脳裏に繰り返し再生される血塗れの大仰なナイフ、それが誰の血かなんて考えるまでもなかった、俺の人生に関係する血の通う誰か、それは俺以外に存在しはしないのだ、擦り切れた安物の靴底がアスファルトの上で滑る、悪態をついて歩くスピードを落とす、明日は晴れると天気予報は言っていたがほんの少し降るかもしれない、風の中に混じるにおいはそんな予感を孕んでいた、メディアはデータで世界を眺める、窓を開けて鼻を鳴らしはしない、妙にハイトーンなエンジンを激しく回転させながら軽四自動車が港の方へ走り去っていく、それはきっとあいつにとってはかけがえのない行為なのだろう、ハンドルにこびりついたあいつの人生の手垢はきっとその真意をあいつに語ることはないだろう、耳を傾ける気のないやつに言葉などは何の意味も持ちはしないのだ、あらゆる信号が点滅している、肥満体の鼾と同じリズムで、俺は爪の先で小鼻を掻く、長いこと忘れていたフレーズが不意に蘇生する、4番地を示す表示板の隣で毛の汚い猫が目を細めている、あいつの頭の中にはきっと、パンク・ミュージックの原型のようなものが流れているはずだ、路面電車が終点で身体を休めている、この時間にはこの辺りをうろつくような人間はあまり居ない、車の流れが途切れる僅かな時間には世界はもう滅んでしまっているのかもしれないと信じさせるくらいの何かが潜んでいる、それはこの土地に降り積もった過去がぽつぽつと語る予言なのかもしれない、自動販売機でスポーツドリンクを買い、二息で飲む、世界が滅んでも俺の暮らしにはきっとそんなに変わったものはないだろうと思う、もちろん、生き残ることが出来たとしてのことだけど…俺の様子を見ながら一台のタクシーが走り過ぎる、俺は空缶を捨てて溜息をつく、二四時間営業の本屋は無くなってしまった、コンビニは雑誌のコーナーを大幅に縮小した、現代社会はページを捲ることを知らない、だから俺はなるべく新しい本を買う、廃業した自動車整備工場のガレージのボロボロのシャッターが風に煽られてハナタラシの曲みたいな音を立てている、ノイズ、ノイズ・ミュージックには確かに人間を奮い立たせるものがある、安っぽい啓発ソングなんかまるで比べ物にならない、言葉だけで片付くものになどそれ以上手をかける意味なんかない、知らないもののために生きることを表現者たちはみんな忘れてしまった、ご隠居どもはSNSで無責任に美しい世界を撒き散らす、しゃらくせえ、闘いの先にしかない平和だってきっとあるさ、銃口はいつだって前を向いている、無条件降伏がどんな世界を築き上げたか、俺たちみんなそれを知らないわけないだろう、ワールド・ワイドなフランチャイズのハンバーガーとフライド・ポテトで作られた張りのない身体にニコチンとアルコールを注ぎ込んだ、端金とセックスのことばかり考えてる奴らが大衆娯楽施設でスロットを回している、そんなことばかりが循環している、知ってるか、パチンコ屋の自殺はニュースになることはない、流行病は人類をふるいに掛ける地球の自浄作用かもしれないぜ、愚か者から間引かれていく世界なんて最高じゃないか?街の端っこで海を見ながら折り返して、小さな公園のベンチで少しの間身体を休める、ほんの少し空が白くなったような気がする、夜明けまでにはもう少しあるはずさ、すべてのことは色褪せてからが最も長いとしたものだ、飲み会帰りの数人のグループが甲高い声を張り上げながらタクシーを待っている、流行歌を歌っているようだがそれが誰の何という歌なのか俺にはわからなかった、近頃の音楽はたった1人の人間が書いているように思える、浅はかな愛と希望、浅はかな夢、ロックンロールは嘘みたいなラブソングしか歌わない、想像してごらん…道路の脇にカウルの破片があった、そういえば数時間前に救急車のサイレンを聞いた気がする、こんなに広い直線道路で事故を起こせるなんて稀有な才能だという他ないね、遠くで誰かのクラクションが聞こえる、それは遥か昔、愚直なまでに歌い続けた誰かのことを思い出させる、何も変わっちゃいない、確かに時代は変わる、でも大方の人間はそれに着いていくことが出来ない、マスターベーションのように人生を肯定することなんて出来るわけがない、夜が明ける前に家に帰ろう、ほんの少しでいい、眠ることが出来たらコーヒーでも飲みに出かけることにするさ。


自由詩 デッドマン・ウォーキング Copyright ホロウ・シカエルボク 2022-05-22 13:28:18
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