河童伝
板谷みきょう

「何十代も続いた家も沼の底になるのかのぅ。」
爺が、鼻水すすって呟いた。

平野(ひらの)の村は、毎年夏に氾濫するぬらくら川のせいで、田畑はびっしょり。
収穫のあがらずの貧乏村…

村長は考えた。
―――ダムを作ろう―――
山の中腹にダムを作る。
そのために一つ部落が水の底。
ダム設置予定地より下流には、三郎沼があった。
小さな沼だが、部落の者は河童の伝説を信じておった。
部落の者や長は、平野の村議会に願いを告げたが、断られてばかり…

「三郎沼も干あがってしまうでのぉ。」
婆が、涙をぬぐって呟いた。

爺と婆は、沼のほとりで話しておった。
沼の底で三郎は聞いていた。

―――沼が干あがってしまうだと…?―――

二、三日後、河童が部落に現れた。
「おらが村長に会ってダムを作らせねぇ。」
それだけ言うと、プイと姿を消した。

四、五日後、村長の家に河童が現れるや、血判状を差し出し
「おらが、龍神にぬらくら川を氾濫させないよう頼んでくる。来年まで、ダムを作るのは、待ってけれ。」
それだけ言うと、プイと姿を消した。

その年の夏―――
雲行きの怪しい雨模様の日―――
村人、部落の者、議員さんやら、村長までもが集まっていた。
「ざんざん降りで、今にも、ぬらくら川が氾濫するかも知んねぇぞ。」
「いやいや。河童の三郎が、龍神様に会いに行ったって言うべしゃ。」
ひしめき合って、声をひそめて囁いているその時に
ドッカ―ン!ガラガラガラガラー‼
そりゃあ、でっかい雷がひとつ。

「河童三郎の命と引き換えに、今年より、ぬらくら川は、氾濫させぬ。」
割れんばかりの龍神の声に、
村人、部落の者、議員さんやら村長までもが一心に唱えた。
「なむ、なむ、なむ、なむ…」
途端、雲は去り夕暮れの空に星がひとつ。

「ありゃあきっと、三郎沼の河童だ。星になったんだわ。そうだべさ。」
爺と婆は、涙を浮かべて呟いた。

その呟きは、またたく間に伝わり、
誰からともなく輝いている星に手を合わせた。

その頃、三郎の体は、深い深い山奥で、
誰にも知られずに腐乱し、
悪臭を放っておった。


散文(批評随筆小説等) 河童伝 Copyright 板谷みきょう 2021-05-28 07:36:43
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