五人五色
道草次郎

「少女」


珈琲カップはひびが入ってるし
Tシャツだって毛羽立ち過ぎ
お肌はまいにち荒れ放題いやだいやだ
だからこころも
しばしばささくれ立つの
このあいだなんて
万年筆のインク切れたからって
猫虐めちゃった
知らないお婆さんが見てたけど
かまうもんか
お婆さんなんてじきに死んじゃうし
ああ、あたし
きっとお婆さんになんかならない
あたし詩人のお嫁さんになりたいな
彼の前でお皿何枚も割ったり
何も言わないでじっと黙ったりするのよ
それから
ある日気まぐれに森へ出かけていって
小さな池へ入ってしまうの
彼があたしを見つけたとき
どんな顔するかしら
いいえそんなことやっぱりどうでもいいわ
冷たくなったあたしをひとり残して
きっと彼
死んだ女についての詩を書くために
紙とペンを取りに戻るんでしょうから



「画家」

直感は気泡だから
それを結晶させるためにわたしは筆を持つ

溢れ出した感情の噴水
それを克明に描写するのがわたしの役目

そんなわたしは
感じることに染まってはならない
わたしにはただ精緻さだけが美しい

すべてのものはわたしのなかで
ネジや歯車などの部品に分解される

そのとき世界は
新しく生まれ変わるだろう
はっきりと
乾いた音を立てながら



「サラリーマン」

汗を拭きとったトイレットペーパーの滓が
中指と薬指の間に挟まってなかなか取れないとき
僕のありふれた地獄は
もはやありふれたものではなくなり
僕の内部の芯にむかって収斂をする

どこかの高層ビルの1F
でっかい一枚ガラスに映った男
誰だ?
一瞬思うが僕は立ち止まらない
歩き続けることが僕の
「愛」だから
そして僕の「愛」はつねに歩き続ける

効きすぎの冷房と猛暑とのあいだに板ばさみとなり
心は混沌の極みにあるのに
ついて出る言葉といったら
どれもこれも中くらいに秩序立っているものばかり

僕は責任者であると同時に責任回避者であり
もはや僕の自在は
この二者を往復することに飽き飽きしている

ときどき会社のトイレの個室で
ヴェスヴィオ火山が噴火する夢を僕はみてしまう



「詩人」

詩人さんは詩を書いていない日も
詩のことで頭がいっぱいです
本人にしてみたら
望んでそうしているわけではないのですが
どうしても頭から
詩のことが離れないのです
今夜もほら
あちらこちらの寝室で
唸り声を上げているのが聴こえるでしょう?
枕に頭を押し付けて
ほっそり頼りない首すじはやけに生々しく
月光を浴びたシーツは白々と
夜はいつだってそれはそれは長く続くのです
詩人さんには奥さんも子どももいるのですが
この世でただひとりの身の上だと
まさに天涯孤独のつもりなのです
月にいる愛人をほったらかしにしておいて
この時ばかりは宇宙にポツンと独りきり
愛の名もとおく銀河のはずれです



「陶芸家」

陶芸家さんはいつも陶芸のことを考えています
粘土のことを考えています
轆轤のことを考えています
陶芸家さんの奥さんは
美人ではないですがブスというほどでもありません
最近は泥パックにはまっているようです
奥さんに買い物を頼まれて近所のスーパーに行くときも
陶芸家さんの頭はやはり陶芸のことでいっぱいです
道々ぶつぶつ言いながら
とちゅう電柱に頭をぶつけたり
サンダルで犬のうんこも踏んじゃいます
陶芸家さんはいつも目の下にくまをつくっています
きっと疲れているんでしょう
夜寝るときも頭のなかでは轆轤がぐるぐる回っています
それから変な夢を見ます
ぐにゃりと曲がった粘土の塊が
地平線の彼方までずらっと列をなしている奇妙な夢です
そんな夢を見た次の日には
頼まれてもいなのに朝のゴミ出しを買って出て
奥さんにミルクティーを淹れてあげます


自由詩 五人五色 Copyright 道草次郎 2021-02-13 21:14:30
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