ブルース・ブラザース、日本へゆく第一章 14
ジム・プリマス

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 楽しいドライブではあったけど、短い時間の間にいろいろなことがあったせいか、エルウッドは結構、疲れていた。帰途に着くすがら、車が盗難にあうんじゃないかとか、イタズラされても困るなあとか、いろいろ考えたんだけど、結局、ニュー・ブルース・モビールを市電のトランスの下の倉庫に止めて、歩いて帰ることにした。神の使徒の車だ。そう心配することもあるまいと思ったからだ。ただ車のキーだけはポケットにしまってはいたが。
 夕食をいつものとおりにシカゴ・エキスプレスで済まそうとも思ったのだけど、まだ初夏のシカゴの日は高く、夕食の時間には早かった。喉が乾いたのでエルウッドはアパートの近所のドラック・ストアーで彼にしては珍しく、よく冷えたクアーズを半ダース買って帰ることにした。
 アパートに戻ってクアーズを飲みながら、旅の支度のために代えのスーツとか下着とか靴下なんかの荷物をまとめていたエルウッドだったけど、狭いアパートの部屋を見回して、つくづく、この部屋にも長い間、住んでいるなと、そう思った。
 無理して買った日本製のハイファイ・アンプやCDプレイヤー、下町のセールで値切って手に入れたJBLのスピーカー、質屋で見つけたレコード・プレイヤー、ガレージ・セールで手に入れたオーブン・トースター、書き物をするための古めかしいキッチン・テーブル、レコード店のセールにいっては買いためた、ブルース、R&B、ソウル、ゴスペルなんかのレコードやCDのコレクション。
 孤児院育ちのエルウッドは車以外の物には、あまり執着のないほうだと自分でも思っていたのだけど、堅気の生活が数年以上も続くと、こんなに物が増えるし、自分が手に入れた物にも愛着がわくものだと、つくづくそう思った。そして、当然のことながら、この安アパートの部屋にも離れがたい愛着を感じていた。
 子供のころはベットばかりが並んでいる孤児院の部屋とカーティスが住んでいた地下のボイラー室だけが自分の世界のすべてで、それが当然だと思っていた。自分だけの個室なんか、手に入れたことはなかった。
 兄貴と一緒にバンドを結成したころも、兄貴やバンドのメンバーたちと旅から旅への安モーテルでの相部屋暮らし、兄貴が刑務所に入っていたときも安いホテルの部屋を転々としていたし、一番、長いこと腰を落ち着けていた安ホテルも例の爆弾騒動でめちゃくちゃに壊れてしまったし、そんなこんなを考えながら、とにかくエルウッドはアパートの更新の手続きをしておいて、今回のミッションが無事、終わった暁には、この部屋に帰ってこようと、そう心に決めていた。神の使徒にも安息のための場は必要だ。
 荷物をまとめ終えて、エルウッドは夕食代わりにドラック・ストアーでクアーズと一緒に買っておいたターキーとトマトのサンドイッチをほうばりながら、これから向かうことになるニューヨークと日本への旅へ思いをはせていた。きっと思いもよらないことが起こるだろうという予感を強く感じながら。


散文(批評随筆小説等) ブルース・ブラザース、日本へゆく第一章 14 Copyright ジム・プリマス 2020-08-06 10:43:56
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