恋昇り11「合格」
トビラ

コンビニだけど、もうコンビニじゃない場所に、雨音がしみ込んてくる。

【密】の人はどこか楽しそうな、そんな雰囲気がある。
「失礼ですが、いくつか質問をしてよろしいでしょうか?」
【密】の人の言葉に、私は短く「はい」と答える。

「Bランク【執行者】である榛名さん、【密】について、貴方はどこまでご存知でしょうか?」
私は慎重に答える。
「【密】は、私たち【世界運営】に属していて、【執行者】を影で支えてくれる人たち。私が知っているのはそこまでです」
「……なるほど。今まで、私たち【密】と接したことは?」
「ほとんどありません。任務中に会ったのは、初めてです」
「……、それでは、いつから私が密だと気づいていました?」
「今さっきです。貴方と目が合ったとき、閃きのようなものがありました」
「今まで密を密と認識したことがほぼ無く、ついさっきまで、私をただのコンビニの店員だと思っていた」
「はい」
「それにも関わらず、一瞬の閃きで、私を密と見抜いた。そういうことですね?」
「はい」
「素晴らしい。まったくもって素晴らしい。榛名シイラさん、貴方は通信能力に長けているという評価はありましたが、ここまでの直感力を有しているとは。フフ、人の思わない可能性に触れるというのは、ああ、なんて楽しい」
そう言って、目の前の人は笑う。

異質。
この人は、私とは異質な人だ。
そういう思いがあふれてくる。

「榛名シイラさん、貴方は合格しました」
合格?
私はその言葉の意味に思いをめぐらせて、慎重に質問をする。
「合格、ですか?」
「ええ。……ああ、何に?、ということですね」
私は「はい」と頷く。
「具体的なことを全てお伝えするわけにはいきません。そのことは了承していただきたい」
今は少しでも情報がほしい。
この人は、今の状況に対して、私たちよりもっと詳しいことを知っているはず。
「榛名さん、貴方が知りたいのは、この任務についてのことですよね?」
「はい」
私は正直に答える。
「貴方たちに与えられた任務は、『武装勢力の鎮圧』、そして『未知のイレギュラーの対処』、ですね」
「はい」
「後者の追加任務は、私たち運営の上層部にとっても、そうですね、想定内の想定外とでも言いましょうか。そういう予め予想されたイレギュラーだったのですよ」
想定内の想定外?
「もう少し説明してもらえますか?」
「いいでしょう。こう思ってもらったらいいでしょうか。ある村に五年以内に大雨が降り、村が水没する。ただその日が五年以内のいつかは、わからない。そういう予測が立てられていた。そして、貴方たちは、その村に任務で赴くことになった」
「私たちが任務で到着したその日に……」
「ええ。大雨が降った」
「大雨が降ることは想定されていたけど、私たちが任務に着いた日に降るかどうかはわからなかった」
「はい」
「それと、合格?ということがどうつながるんでしょうか?」
「はい。上層部は、この事態を、貴方たちの選考の場の一つにすると判断しました」
「選考?……、ですか?」
「ええ。上層部は『運命力』というものを信じていますから。この場に居合わせた貴方たちにこの場を託し、またそれと同時進行で、この任務の遂行を貴方たちの選考の場とすることにしたのですよ。その上で、もう一度言いましょう。榛名シイラさん、貴方は選考に合格した」

選考に合格した。
その言葉に、私は寒気を感じる。
「選考合格の指定基準はいくつかあります。『密に気づく』。それは、その一つなんですよ」
「私以外の四人は?」
「申し訳ありませんが、それはお伝えしかねます」
私は、嫌な汗が流れるのを感じる。

「ただ、今日のことはどうぞご内密に。貴方が、貴方以外の人にこの話しを伝えた時点で、選考難度がほぼ合格不能の水準にまで上がってしまいますから。貴方の守りたい人を、守りたいのなら、口をつむぐのが賢明でしょう」

私は、頷く。

「さて、ここで、選考に合格した貴方にご褒美があります」
「ご褒美?、ですか?」
「はい。私が叶えられる限りで、用件を承りましょう」
「一つ、ですか?」
「内容にもよりますね」

私は考える。
「一ノ世君を救けてくれますか」
「一ノ世ユイトの救出ですか。ふむ。不可能ではありませんが、残念ながら、今回、私にはそこまでの権限は与えられていません」
私は考える。
「一ノ世君と連絡を取りたいです」
「一ノ世ユイトと、連絡を取る」
密の人はそう言うと、レジを少し打って、手元にあったチョコのバーコードを読み取る。
「このチョコのバーコードを、特別なパスコードにしました。一ノ世ユイトと連絡を取る前に、このバーコードの数字を入力をすれば、一度だけ通信がつながるでしょう」
「一度だけ、ですか?」
「はい。妨害する相手に気づかれるまで、ということですね。一度気づかれたら、そのパスコードは二度と使えません。時間は、そうですね……、十分は保証しましょう。その間は、誰にも気づかれることなく、一ノ世ユイトと通信が取れるでしょう。そして、十分を越えることは、お勧めしません」
「連絡を取ってることを、知られないためにですね」
「ええ」
密の人は楽しそうに笑う。

「私としては、これ以上、開示できる情報はありません」
私はチョコを握る。
これ以上、開示できる情報はない。
その言葉が重い。

「せっかくのアイスが溶けてしまいましたね。新しいものと、交換しましょう」
そう言って、カウンターから出てくる密の人の身のこなし、動作を見て、この人が敵じゃなくて本当によかったと思う。

アイスを袋に詰めて渡される。
「ああ、チョコは、私のプレゼントですので、お支払いはけっこうですよ」

渡されたアイスの袋をさげて、ホテルに帰る。
雨が。
雨が、強く降る。
私の足は、もうぐっしょりと濡れてしまった。

「あれ? 榛名さん、どうしたの? 顔色が悪いよ?」
山藍さんと連座君と菜良雲君。
三人が何も変わらずに迎えてくれる。
「うん、なんかちょっと疲れちゃったかな? みんなのアイス買ってきたから食べて。山藍さんはバニラアイスだよね。菜良雲君は、かき氷っぽいの。連座君はコーン付きのにしたよ。よかったかな?」
「榛名さん、先に休む?」
連座君がアイスを受け取って、そう言ってくれる。
「うん、ごめんね。また明日話そう」
「今日は二人ともがんばってもらったんだから、ゆっくり休んでな」
菜良雲君もそう言ってくれる。
「じゃあ、私も先に休ませてもらおうかな」
そう言って、山藍さんが立つ。
「いいかな?」
「今日の夜は、俺が見張りにつくから、二人ともゆっくり休んで」
私と山藍さんは、「ありがとう」と言って、部屋を出る。

「シイラちゃん、何かあった?」
「え、うん、大丈夫。星にも、何もなかったでしょ?」
「そうだけどさ。無理しないで、何かあったら言ってね」
「ありがとう」
密の人と会ったことを話したら、みんなが合格することが難しくなってしまう。
そのことが頭をよぎる。

「シイラちゃん、アイス、ありがとうね。このアイス、食べたかったのだ」
「うん、よかった」
そう言って、私たちはそれぞれの部屋に戻る。

私はゆっくりお風呂に入る。

お風呂から上がって、アイスクリームを食べる。
私は、エナちゃんと同じのにした。
チョコは強く握ってしまったから、溶けて形が崩れてしまった。

雨はやまない。

気持ちを整えて、深夜零時を回る。
雨はやまない。
私は、一ノ世君に通信を取る。



続く。


散文(批評随筆小説等) 恋昇り11「合格」 Copyright トビラ 2020-05-30 22:18:19
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