欠けている
ブッポウソウ

ーこんなところ欠けていましたっけ。

机の脚の角っこが欠けている。その人は不思議なものを見るようにその欠けた部分を見る。いつから欠けていたのだろう。机の脚の角っこが木の目に沿って少しではあるが欠けている。その人は欠けたところに触れてみる。新しい木の肌が ーといっても古い机ではあるがー そこだけのぞいている。その人は神経質なたちではなかったので欠けにこだわるものではなかったが、運んだときにぶつけたのかも知れない、本当に安い業者だったから、というぐらいには思った。

ーあのお部屋にはちょっと場所ふさぎでしたね。

あの人は、床に座るほうがいい、という人だった。その人は椅子と机のほうが足腰が落ち着いた。無理に置かせてもらっていたのだが、一人暮らしのせまい部屋にもう一人とさらに机は、少し無理があったのだろう。無理はよくない。やがて一人と机がそこを出て行った。出て行ったときには脚の角っこはおそらく欠けてはいなかっただろう。何もない部屋にその人と机だけがある。そして机は脚の角っこが欠けている。その人はそのことに気づいた。気づいたが、しばらく時が経てばきっと忘れるだろう。

ー油を塗ったら、木の机って少しは欠けにくくなるのでしょうか。できればもう欠けさせたくないのですが。

机に塗る油などというものがあるのか、その人は知らない。知らないがとにかく塗ってみようとその人は思っていた。高価な机ではなし、次いつ欠けるかどこが欠けるか分かったものではない、とその人は思うからだった。


散文(批評随筆小説等) 欠けている Copyright ブッポウソウ 2020-04-22 06:12:44
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