午睡
墨晶

                    掌篇 
 
 わたしが「ソボ」と呼んでいたそのひとは、天気の良い日は大概、オクザシキのエンガワで、かたわらの茶托に乗った蓋付きの茶碗、膝の上の白猫とともに、うつむいて、座布団に座っていた。
 ある時、マサキ君の家の庭で遊んでいたところ、今し方オクザシキのエンガワにいたソボがマサキ君の家のフトンベヤの窓辺に座っていた。膝の上の猫は三毛猫だった。
「 あ ソボがいるわ 」とわたしが云うと、
「 ソボ? ちがうよ ウチのオバアチャンだよ 」とマサキ君は云った。マサキ君の口調の何か抗議しているような雰囲気に気付き、そのときわたしは反論しなかった。
 以上の話をデンキ屋の息子のフミハル君にはなすと、
「 ああ ウチにはオクザシキもフトンベヤもないし 猫もいないからソボは来ないんだな なるほどね 」と云った。
 のちに、「ソボ=祖母」であること、「老人の女性=オバアチャン」であることを確認し、わたしもマサキ君も間違ってはいないかったことに安堵した。
 そう云う訳で、ソボは座布団に乗って空を飛行し、町内の特定の家々にお邪魔していると知ったのだ。
 手ひとつでわたしを育て、「 ソボに近づくな ソボに関する話はするな 」とわたしに厳命していた母がチューブやケーブルだらけになってベッドの上で数年が過ぎた頃、座布団に座っていたあのひとの事を自らはなし始めたとき、正直わたしは狼狽した。母の養老院から帰る路、寄ったウナギ屋で重をつついているさなか、「 あれはソボなどではなくオマエのチチオヤだった 」と云う母の話が頭に入らずにいたわたしは、ふと、「 ああ そうだったのか 」とやっと理解したほどだった。

                     了



散文(批評随筆小説等) 午睡 Copyright 墨晶 2020-04-19 01:27:51
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