凡庸とパンク
ブッポウソウ

「あのっ すみません」

それは大き過ぎる声だった。朝の慌ただしい駅構内はもちろん人でいっぱいだったが、そんなに大きな声を出す人はいなかった。しかしそんなに大きな声だったにもかかわらず、振り返る人が少しいただけでほとんどの人は我関せずというふうに各々のことを続けた。
声の主は女だった。声をかけられたのは男のようでもあり、また女のようでもあった。声の主の方は肩には届かないくらいの長さにそろえた髪に凡庸な黒の薄衣をはおり同じく黒の手鞄を提げ凡庸な砂色のパンツを穿いており、声をかけられた方はブラウスというよりは労務衣といったふうの白のボタンシャツにナイロン製の頭陀袋を袈裟にかけ硬骨さを感じさせる脚に錆鼠色の細身の労務パンツを穿き頭髪の外側は顎あたりの長さにそろえ内側は剃ったように短いというパンキッシュな風体だった。
凡庸は次の言葉を発そうとしているようだったが、半ば開いた口唇がかすかに震えるだけで発語はできずにいた。パンキッシュの方は凡庸の方を茫と見たまま困惑というほどではない戸惑いを見せてはいたが、それでも凡庸の次の言葉を待っているようだった。ややあって凡庸が口を開いた。というかずっと開きっぱなしだった口から発語した。今度もやや大き過ぎる声で。

「私、あなたのことがすきなんです」

まあ、あんまり知らないんですけど、あなたのこと、とやや小さめの声で凡庸はつけ加えた。
すると驚くべきことにパンキッシュは ふっ、と息笑いをもらしこう言った。

「私もあなたのことすきですよ、たぶん。どうもありがとう」

凡庸の凡庸な世界はこの瞬間、自分の奇妙な告白によって唸りを上げて回転を始める。パンキッシュの世界も、ーそれがパンキッシュであるかどうかはわからないがー 凡庸の回転に同期するように回転数を上げていく。やがて迎える爆発と、その結果としての爆死を予期しながら、二人は回転するのだ。


散文(批評随筆小説等) 凡庸とパンク Copyright ブッポウソウ 2020-04-22 16:01:26
notebook Home 戻る  過去 未来