行方知れずの抒情 五
ただのみきや

デマ

風に煽られるロウソク
それでも消されることもなく
怯えて 震える炎
ささやかな灯と温もりを
与える術も忘れたかのように




御免だね

出来事は恐れない
恐れるのは出来事に湧き立つ人の心
悲しいみや怒りを
他者にぶつけないといられない人の

影響されたくない
生真面目にいつまでも怒っていたりする
人の心は波のように引いているのに
誰かの感情の代理人や弁護人はもう御免だ

遠慮がちな他人同士がいい
ささやかな思いやりが時折こぼれても
勝手にやっているだけ
根に持たない恩に着ない

善人らしい振舞なんてくそっくらえ
一目惚れなら刺されても文句は言わない




バス

バスに乗ろうと走っている人を見るのが好きだ
とくに若い女性
でも間に合わずにバスが出てしまうと
いたたまれなくて目を反らしてしまう




愛が

さつなら気前よく使いましょう
御札おふだなら心の裏に張っておきましょう
――本物かどうか?
それより用いるかどうかでしょう
負債だらけの人生だったら




ピアノ弾き

白と黒を指で叩く
跳ねる魚ゆらめく水面




ある抒情詩人

その人は公園を見つめている
ブランコで遊ぶ子供たち
すべり台を登る子供たち
見守る母親の姿

自らの子供時代を重ね
あるいは自分の子の幼い頃を重ね
見守る親に自らを
あるいは自分の母の姿を重ね

活発な子 おっとりした子
泣いている子に
幼馴染や兄弟姉妹を重ねてみる

夕間暮れの一幕
巡る季節のエキストラたち
猫を抱くように死を膝に乗せた
老いの背中を眺めたりする

戦争のこと
震災のこと
家族の死
諸々の事実
揺れる水の傾斜度

目をつけた人の生と死と裸で抱き合い
その人の中から見渡してもみるが
もう一人の速写師がいて
鴉のように俯瞰する

その人は決してすべり台に登らない
ブランコを揺らすこともしない
ただ遊具の傾斜角について想い巡らし
色彩と寂れ具合
風の声音 影の伸び具合
自らの公園をデザインしている

冷静に悲しみや怒りの
起伏を構築し配置する
たびたび自らの公園に訪れて
校正すべき箇所を探したりもする




日差しと暗がり

日差しは勝手に入って来るお節介者
覗き込まなければ見えない暗がりにまで
相性は悪くない
タイミングさえ悪くなければ




忘却なんて

果実も種も残さずに芯まで散った
花弁は一時の炎 消滅する 
火傷だけを残して
ボードレールの香水壜のよう
記憶を詰め込んだまま内海を漂って
とても簡単なトランプ遊び
そこに伏せてある何枚かのどれか




それでジェーン・バーキン

紋様は列をなして踊る
ウェーブしながら
少しずつ異なるものたちが手を繋ぎ
どこへ往く?
螺旋を上って それとも下って
音符から孵った音は
文字を纏う前の言葉より原始的
蟲のような生きものたち
思考の内外を素通りする
薄曇りの中の鳥の群れ
かと思えば騒がしい
オンコの垣根に潜って喋りまくる雀たち
インストゥルメンタルか
知らない言葉がいい
ものを書く時には
*オンコは常緑樹のイチイのこと





比喩

詩文には始まりと終わりがある
人生と同じように
だが詩は言葉の外に広がりを持つ
そう感じることに
証明はいらない




                《2020年3月15日》








自由詩 行方知れずの抒情 五 Copyright ただのみきや 2020-03-15 16:05:53
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