行方知れずの抒情 四
ただのみきや


絡んだ糸も根気と時間さえあれば解くことができる
だが砂粒のように固く結ぼれてはどうしようもない
ギミックとトリックを切り捨てれば 見えるか
見えないか 糸は揺れ
微風にも抗えず 水面に触れることを躊躇ためらいながら
光に捉えられた一本の白髪の控え目さ




木乃伊

雪が再び覆う
世界は白紙に戻る
だがそれは隠蔽に過ぎない
純白の魔法も解けて流れ
あるのは永い汚辱の歴史
老廃物にまみれた古い世界
ウエディングドレスや白無垢を
数万回 数億回も着ただろうか
ベッドの隣に眠っているのは木乃伊ミイラ
知っていて娶ったのだ
白紙に包まれた女神を




砂塵

時は微細な粒子のよう
質量は感知できないが
物質を変化させて往く
水の総量が変わらず循環しているように
一定の速さで流動し
風車を回すように時計の針を回している
これは科学的説明
神学的説明なら
砂時計は神の手で返される
ただそれだけ




「日本の弓術」に倣う

矢を射たい欲求
だがまとがわからない
とりあえず目についた
物・事・人 手あたり次第
衝動的で快楽的だが
不満も不安も解消されない
己の真中を射抜けたなら
戦遊びも要らなくなるだろうに




ここに在る!

記憶の中の消火栓は赤だけど
この街の消火栓は黄色がほとんど
隣の港町では水色のものが多い

もし赤が火や火事を連想させるためなら
それは消火栓の存在意義を表しているのだろう

もし青が水や貯水池を表現しているのなら
それは消火栓という存在の本質を表しているのだろう

もし黄色がただ緊急時によく目立つためだとしたら
とにもかくにも 「――ここに在る! 」自己主張

「自分は何者であり 何のために存在しているか 」
そんな問いに対して

一日の時間の多くを頭の中で過ごしている人たちは言う
「つまるところ そんなものは無い 幻想なのだ 」

深く考えず世の中と連動して生きている人たちの答えは
自分の大切なものだったり理想だったり(ずれてるけど)

その辺りを曖昧にしたまま詩など書いて投稿する
キ印黄色の目立ちたがり屋
ネットに潜ったイエローサブマリン
「――ここに在る! 」のアルアル詐欺
    
*消火栓の色の違いは水系などを表している





涸れ井戸

白く浮遊する光の粉末が
枯れ井戸の底にも降って来た
己の闇を見透かそうとする天に
井戸もまた抗いはせず
たった一つの眼孔も虚ろ
見上げていた
すでに死が骨を包み
その死を皮膚が包んでいる
いま処刑される男の無言
血などとっくに吐き尽くし
瞬きもせず瞳孔も動かない
なにも見てはいない
光もその向こうにあるものも





彼女がスカートの裾を少しだけ持ち上げる
パステルのスニーカーと白い靴下
         ――今はまだこれだけ
三月のくすんだ空の向こう
擬人化された春が待っている
           たぶん きっと




                  《2020年3月8日》










自由詩 行方知れずの抒情 四 Copyright ただのみきや 2020-03-08 16:30:07
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