行方知れずの抒情 三
ただのみきや


厭きて見上げた雪空から
狙いすまして瞳に降りて
澄んだ涙を装って

誘発するものたち
悲しみに喜び
タマネギや目薬

夏の深い井戸 あなたは
美しいから美しい
詩のようで信頼できない




猿と蛙

お山には大将がいた
猿山のボス猿だ
人が思うほど威張ってはいない
ボスにもいろいろ苦労はある
腕力や威嚇だけでは子分の心は離れるばかり
雌猿たちのご機嫌をとったり子猿たちに餌を分けたり
こまめな気遣いも必要だし
毎日毎晩山の頂から雄々しく美しい叫びを発信したり
弛まぬ努力の積み重ねで地位を守り続けていたのだ
猿は内心思った
「――お山の大将でなにが悪いのか
小さな山だって大将になれるのは一匹だ
批判する奴はすればいい
そんなのは負け猿のやっかみだ 」

小さな山のすぐ麓
井戸の中に蛙がいた
大海を知らずと言われ続けて
いささか鬱憤はたまっていた
蛙は大海を知ってはいた
遠く眺めて 自分には向いていないと悟り
自分が自分らしくいられる場所を探し歩き
見つけたのが井戸の中だった
井の中の生活に慣れると外へ出るのが億劫になるし
どこか不安でもあったから
「――広さも暗さもこのくらいが丁度いい
声も反響して心地良いし
大勢でいると自分の声がわからなくなって嫌なんだ
できたら一生 井の中で暮らしたいものだ 」

三日月が上った風のない夜
お山の大将は井の中の蛙の声を聴いた
同じ頃
井の中の蛙もお山の大将の声を聴いた
傍から見れば類語関連語で括られもする両者だったが
「ああ威張りくさって五月蠅いだけ お山の大将かよ! 」
「外を知らない井の中の蛙 引きこもりの暗い奴め! 」
相手が癪に障るばかり




わたしは

まだ朝露を含んだままの野の花々や
夏の恋に狂い煌めく蝶たちを
食べさせてもみたが

夜明けの際
海に浮かんだ象牙の月に金と銀の弦を張り
母を失くした幼子の指と
想い人を奪われた少女の声で
哀歌を聞かせてもみた
金糸雀の羽根をはらはら降らせながら

だがそれはいっこうに美しくならなかった

わたしは わたしという
闇の襁褓に包まった得体の知れない養い児を
いつまでも抱えた鬼子母である




現身幻影

風のない朝
稜線に破られた青い壁紙
淡い筋雲を絵柄として留めている

踏み固められた雪道の凹凸に張り付いて
影は蒼ざめながら
本体である木を見上げていた

枝から滴る雪解けの
捉えがたくも回帰する韻律
堪え切れずに叫ぶ鳥は断末魔のよう

木も影を見下ろした
――なんだろう あれは
にわかに風が動くと幻のように消えた




言葉たち

瓦礫の下の僅かな隙間から
日差しを見つめる白い花があった

やがて花とよく似た蝶がやって来て
ダンスに誘う素振り

幼子の瞳の中 蝶と花は接吻する
記憶の陰影 美しい割礼

風と日差しが撫でる母親よりも
柔らかな女神の掌

なにもないところ
朴訥に落ちた言葉は孤独にあえぎ
結び合い連なる相手を求めたのだ





星の灯は遠く
風に揺らぐことも雨に消されることもない
雲なんて掌の目隠しだ
あの星が消えるのは
自分の内なる命が尽きる時だけ
消されるのではなく消える時だけ
でもそんなことに気づく間もなく
わたしたちは死んで往く
あなたの一瞥 微笑みの旅路より
遥かに短い一生だから
惑いの星の夜の子らは
月にすら目が眩み
闇へと漂い流されて
あなたの瞬きに身を焦がしても
この身の光はつめたくて
いつか生まれ変われるならと
明滅してもつめたくて




宝物

樹海で拾った頭蓋の欠片の白い曲線

遊女だった曾祖母の黒髪の束と赤い櫛

十二匹の斑猫ハンミョウを入れて防腐処理した硝子の小瓶

――まだまだあるけど見せてはあげない

僕が君の想像通りの人間である以上
君の目には全て愚かで無価値だから




                《2020年2月29日》









自由詩 行方知れずの抒情 三 Copyright ただのみきや 2020-02-29 15:52:45
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