点の誘い・線の思惑 五
ただのみきや


朝を見た
眼球は冷え切り網膜は焼かれ
白銀が太陽光を押し広げている
湛え切れず溢れ返り飛沫を上げている
微かな凹凸にも蒼い陰影が添えられて
美しいという言葉は不釣り合い
目を瞑り俯きたくなる
脳裏に火傷を負う美しさ




呪い

真実のために
正義のために
藁人形に釘を打つ
できることはこれだけだから

許されない悪
不平等差別に対し
ブードゥー人形に針を刺す
これがわたしのたたかいだから

全身釘だらけ針だらけ
言霊だって身に返る
怒っても揶揄しても
呪うは止した方がいい




朝 Ⅱ

大雪が降った翌朝
結んだマフラーを瑪瑙のブローチで留めて
凪ぎの真っ白い海へ出た
目覚める前のひと時 立方体の冷気
夜の睫毛に纏わった淫靡な夢の残り香も消え
暫し裸の木になれば 鶫も数羽よって来て
はたと気付いて引き返す
狐の足跡を気まぐれに辿り
膝より上まで埋もれてしまう
東の空では淡い雲が紅を差したまま
去った背中を見つめていた
このまま白い海深く埋もれてしまえば
春まで誰にも見つかることはない
芽を出すように腕が伸び
目覚ましを止めて起き上がる




ロマンス

ロマンスが描かれて歌われて消費されて往く
その骨粉までも残さぬように

もしも魂が白く石化した樹のように
いつまでもひび割れた断面を晒すのでなければ
ロマンスは空虚な噂
誰かの風に踊らされただけ

もしも己の半身が塩の柱になったまま
出来事よりも苛む朝の光の訪れ毎に
滅び去ったものを振り返るのでないなら
ロマンスは菓子の空箱

ロマンスに成就はない
結婚などとは違う
いつまでも結ばれず
いつまでも終わらない

ロマンスは幻獣のように表象を変化させ
磨かれる原石のようにイメージは燃え続ける
生涯付きまとい生涯追いかけるただ一つ
それ以外は性欲と自己愛と打算

ロマンスが秤にかけられ売りに出される
流行り廃れで黄ばんで往く




留置場

手紙 冷たい光の束
音符に起こせない歌声の封印

疲労が老犬のように蹲る
息継ぎのない沈黙だった

プランクトンが燃えている
明滅の果て闇に迎えられ――

人の構造は宇宙には向かない神にも
適応できずに頭の中で造り変える



                《2020年2月11日》

           






自由詩 点の誘い・線の思惑 五 Copyright ただのみきや 2020-02-11 13:34:36
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