行方知れずの抒情 一
ただのみきや

暖冬

緩んだ根雪から枯草が
冬の裳裾を刺し留める
立ち姿も変わらずに
乾いた虚ろが季節を計る

雪を被って種子は眠る
殻を破って溢れ出て
日差しに青く繁る頃
穿つような骸も消える

いまだ死は生を模倣し
生もまた死を模倣する
濁った空は隠蔽する
幾重にも春を包み隠す




愚行回路

失くした鍵を探している
過失や怠慢をそう呼んで良いなら
ささやかな不運を口の中で持て余している

生活は続き鍵は新たに作られるが
ささやかな不幸は住み着いて
眼の裏や鼓膜の内側に卵を産む

今朝方失くした鍵の夢を見た
三つの鍵を通した銀のリングが鈍く光る
改めて夢から物は取り出せないと思い知る

幸福の首に手をかける
幸福は美しくいつも殺すことしか出来ない
きっとこれは嫉妬というものだ

何度目だろう 鍵を失くしたのは
日常から締め出されて入れない
合鍵を作る 角を曲ればもう見えなくなる




夢物語

籠の中の鳥は歌う
果て無き空を飛ぶ夢を
樹木を巡る風の香
湖の細波煌めきを
生まれた時から籠の中
羽根を切られた鳥の歌

古い時計の裏側で
小さな蜘蛛は聞いていた
糸で綴った恋の詩
小鳥の心が掛かるなら
わたしは死んでも構わない
綴り続ける恋の詩

鳥は飛べずに籠の中
蜘蛛にはかける声もなく
時の歯車回るけど
なんにも前へ進まない
いつしかみんな消えて往く
夢の向こうの物語




神話

最初に四人の神が在った
神々は全ての人間をその手で良く混ぜると
世界の四方に並べていった
その頃まだ人々の個性は隠されていて
人間は神々が作る世界の素材として準備された

そして時が巡り出す

四人の神はそれぞれ自分の良いと思う計画
宗教的方針に従って人々を選別した
個々の特色を見て
あるいは指で触れ
思惑通りに配置していった
ある出来事は歴史の光に晒された
ある出来事は最後まで伏されたままだ

十二は完全数 十三は不吉な数
十四こそがラッキー7の倍 完成であり完了
ついに歴史は終局を迎える
神々すらテンパってしまう
捨てる神あれば拾う神あり!




アドリブ

人生は即興芝居
ましてや酒の席の会話なんて
互いのアドリブで転がって往くものだが
いまアドリブで話そうとしたことを
瞬間忘れてしまうことがある
そんな時はアドリブのアドリブ
入子状のアドリブ
本能のみと言うべきか




白拍子

相変わらず
秘めた耳鳴り 祭りでしょう
供物なのよ お互いの
オブラートに書いた恋文
罪の告白ばかりじゃない
どこを刺してももう痛くない
景色がざわついている
頭の中の真っ赤な河
耳鳴り 神楽囃しの笛
わたしは篝火
あなたの
うすあおい空
うすあおい命
寒々とした天国ね
わたしは鍋で煮詰めるだけ
ぎりぎりまで焦がさぬよう
相変わらず
お互いの耳朶咥えて
殺したいって
唇の血
分け合って
歴史が後から造られるように
記憶も自在に
溶かし合って
今日も小鳥みたい
あなたの眼は空を渡って逃げて往く
いつまでも
あなたの淵の奥深く
白い魚のまま住み続ける



                《2020年2月16日》








自由詩 行方知れずの抒情 一 Copyright ただのみきや 2020-02-16 13:14:55
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