点の誘い・線の思惑 四 
ただのみきや

人形

ソフトビニールの人形
成形と着色により記号化された
その中空の薄っぺらな面立ちを愛でて
こころ通わせる人もいる
宿る魂はない
ただ見つめる眼差しや触れる手が
意味を孕ませて往く

記憶する限り最初に見た悪夢
それは人形に関するものだ
当時よくあった裸のこどもの人形が
何体かダンボール箱に入れられて
国鉄アパートの一階の玄関に捨てられていた
突然人形の顔がすべて一つ目に変わり
こっちを向いて何かしゃべり出す
わたしは一瞬にして恐怖が暴発し
人形の頭におもいっきりげんこつを落とした 
すると人形の全身に細かなひびが広がって往く 
そんな夢だった



秘密

秘密の一つは燃やしてしまおう
誰にも見つからないように
炎よニヤニヤしないでおくれ
煙を静かにしておくれ
わたしの秘密は香ばしい
鳥たち虫たち寄って来る
だれもがみんな腹ペコだから

秘密の一つは埋めてしまおう
小さな畑の隅っこに
お墓はなしでお花も埋めて
野良猫いっぴき気づかぬように
わたしの秘密は腐らない
ギヤマンみたいに眠ってる
草葉揺らして風の子守歌

残りの秘密は食べてしまおう
お化けみたいな月の朝
生まれたばかりのかわいい秘密
皮も剥かずに口つけて
わたしの秘密はやわらかい
マシュマロよりもまばたきよりも
もといた処に還ってお行き



瞑目

朝の氷の光ひとしずく
点眼する
明るい闇 薔薇の花弁
時を解いて

同じ毛糸で編み直す
今日という未来が
着心地悪くならないように

瞼の向こう
景色はのたうち回る



迷宮

クレタ島の一本道とは異なり
今日迷宮と呼ばれるものは
秩序により創り出された混沌の模型
だが難解な迷路とばかりは限らない
美しい庭や古い石碑
人の歩みを止めさせ
夢見心地にして彷徨わせる
同じ回廊も巡るたびに別の姿を見せ
天井の模様や壁のレリーフまでが
なにかの暗示を秘めている
そんな錯覚すら起こさせる
来訪者はいつまでも中心に往き着けないが
迷宮の主もまた外へ出られない囚人なのだと言う
それは美しい女性かもしれない
恐ろしい怪物かもしれない
ちらりと影が見えても一瞬で消えてしまう
かすかな声も反響して何処からかわからない

侵入あるいは脱出を困難にするために
迷宮は創られる
ではなぜ壁で覆わず入口を設けるのか
すべては方便なのだ
迷宮そのものが目的であり作品で
姫君の救出も怪物退治も秘宝探しも
元型的テーマに過ぎず
様々な派生的側面あるいは仮面を持つ

こころの混沌をことばの秩序に置き換えれば
ことばは迷宮の相を成す
わたしは迷宮に住まう詩について想う
かつて詩はことばではなく
ことばの中に隠れて宿り住むものと考えた
今では迷宮の中に主は居らず
迷宮そのものが目的ではないかと感じている
こころの混沌を模ったことばの迷宮
不在の空間を詩と呼んでいるではないか
伽藍に吹き込む風を歌声だと思い込み
自分や他の侵入者の足音や影法師を追っている
詩作品は詩の不在を包んだことばの被膜
詩を愛することは
人形遊びに似ている



                 《2020年2月2日》









自由詩 点の誘い・線の思惑 四  Copyright ただのみきや 2020-02-02 15:12:44
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