後から悔やむから後悔って言ううんだ
こたきひろし

親の死に目に会えない
って言うけど
現実
臨終の場に立ち会うのって
困難だよ

ドラマみたいな訳にはいかないさ

俺の父親は八十過ぎて
夜に風呂場で脳溢血で倒れてしまった

頑固一徹で我が儘で酒好きで
そして癇癪持ちだった
自分の思い通りにならないと家族相手に怒りだし
時には暴れ出すんだ

特に酒が入り酔いが回ると手がつけられなくなった
俺は何がこわいって父親がおっかなかった
だからいつも父親の顔色伺いながらの子供時代だった

とは言っても
外面はいいんだよ
地域のなかでは一生懸命貢献したから評判はいい訳さ
そこからわきあがる鬱憤を
きっと家族で晴らしていたんだろうな

俺は正直嫌いだった
だから一刻も早く家をでてしまいたかったんだ
逃げ出したかったんだよ

血と肉を分けた子供らみんな
そうだったんじゃないかな
不思議とお互いそれを口に出した事なかったけどさ

そんななかでも
いちばん可哀想に思えたのは母親だった
年がら年中ぐちぐちと言われ続けるばかりだけならまだしも、直ぐに手を出してはばからないんだから
よく耐えていられるなって思ってた

それが大人になって
相手を見つけて所帯もって、曲がりなりに夫婦の機微がわかるようになったら
男と女の事は
外見だけじゃあ解らないんだなって事に気づいたよ

母親には父親の間にも複雑な方程式が存在してたんだろうって思うようになった
その分俺も年をとっちまったし
二親はすっかりお爺ちゃんとお婆ちゃんになってた

父危篤の知らせが届いた日には
自分でもワケわからないくらいに
動転してしまった
入院してるっていう地元の病院に車で向かう途中
何でか知らんけど
涙が出てきて出てきて止まらなかったんだよ

実家にいた頃は
嫌いで嫌いで憎んでいた父親が死ぬんだから
赤飯でも炊いてお祝いしたい気分だった筈なのにさ。
人間って本当にわからないもんだよ

それから仕事休んで
数日の大半を俺は
生死をさ迷ってる父親の側にへばりついて離れなかったんだ
俺ばかりじゃない
俺の家族もさ
親類縁者も頻繁に顔を出してくれてさ
今か今かと待っていた訳さ
その時を待っていたんだよ

医者はとっくにスプーン投げてた患者だったんだから
周囲は誰も内心では
奇跡的な復活なんて期待してなかったし
望んじゃいなかっただろうな

いい加減さっさと決まりつけてくれよ
って思っていたんじゃないかな
だけどどっこい
本人必死に生きようとして
往生際すこぶる悪いのさ

そしてあげくの果てに
家族みんなあきらめて病院から帰宅してしまった夜
その深夜未明に静かに人知れず
息を引き取った
引き取ってしまったんだ

親の死に目に立ち会うのって
難しいって
わかって貰えたかな



自由詩 後から悔やむから後悔って言ううんだ Copyright こたきひろし 2019-10-04 00:14:34
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