寄りかかられない椅子のように
ふじりゅう

きつかった、きつかったなんて、笑い合うのに意味はないわよね。だって、狭苦しく汚いワンルームで缶ビールをちびちび啜るだけの人に、それを発言するだけの説得力がないものね。あのときは、あのときはなんて思い出話に瞳を潤わすのは、どこかに自らを置きたいとさ迷っているからじゃないかしら。

マッチ棒から灯る幻影に身を寄せる。
ほかあと暖かく修正されていく室内。
さみしい。むなしい。
涙も無闇に蒸発させられる感傷性のない場所。

しんどい、しんどい、なんて言ってクタクタの体を布団に起きやったあなた。
クジ引きでいつもつまらない位置の番号を引き続けて笑われもしなかったあなた。
しんどい、しんどい、貴方は別に今特別にしんどい訳じゃなく、ずっと身の起き所がないだけなのに。貴方は布団の中。しんどい。しんどい。貴方は布団に抱かれた。私はカーペットという絶望的に致命的に遠い果ての果てで、さみしい、さみしい、と血液に訴えた、訴えたい、訴えたい、しんどい、しんどい、そんな貴方はくたびれたスーツを自分で掛けに行った。貴方は自分で食事を作り始めた。貴方は許してくれなかった、貴方は自分で浴槽を掃除し始めた、私は一杯の缶ビールをコンビニ袋から差し出すと、泣くほど喜ぶクセに、貴方は自分で洗濯をし始めた、スピカと地球くらい離れた距離で、私は光子に化けても地球を覗けない、絶望的な距離のカーペットで、全てを天才的に終わらせる貴方は、屈託のない笑顔で缶ビールを飲み始める、幸せじゃない、幸せじゃない、きつかった、きつかったなんて、話を振られたらダメな女、それを発言するだけの説得力もないのに。あのときは、あのときはなんて、私に説得力はないわよね。どこかに自らを置きたいなんてさまよってるだけじゃないかしら。缶ビールを買って来ただけで泣くほど喜ぶクセに。

マッチ棒から灯る幻影に身を寄せる。
ほかあと暖かく修正されていく室内。
さみしい。むなしい。
涙も無闇に蒸発させられる感傷性のない場所。


自由詩 寄りかかられない椅子のように Copyright ふじりゅう 2019-09-17 15:25:47
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