旧作アーカイブ5(二〇一六年四月)
石村

*筆者より――ちやうどこの時期、十二年書けずにゐた詩作が復活して三ヵ月が経ち、十二年分のマグマの噴出が落ち着いたこともあり、いま読み返すと力が抜けてゐる感があつてそれが良い方にも悪い方にも出てゐるのが見て取れる。またネット詩なるものの存在を知り現代詩フォーラムや「文学極道」への投稿を始めた頃でもあり、他の詩書きと交流が始まつたり評価を貰ふやうになつたせいか心気散漫、雑然としており、それが書くものにも反映されてゐてやはり作風が雑然としてゐる感がある。随分愚劣な作品もあり我ながら失笑させられる。一方で今でも非常に気に入つてゐるものもいくつかある。短詩の試みを始めたのもこの頃で、暫くの試行錯誤を経てこの後「二行詩」に収斂していく。読者諸兄にはどうでもよいことだが、改めて見直してみると作者自身には色々と興味深いものがあつた。





  からつぽさんの唄


からつぽなのさ 僕らの心は
何にもないのさ ほんたうは
何を入れるも 何を捨てるも お望み次第さ
でもそれは僕ぢやない それは君ぢやない
ただの詰め物さ さうさ 心は 
からつぽなのさ ずた袋さ
ほんたうはね

それが僕さ それが君さ
だから君
君は君の夢を描け
僕は僕の夢を描く

色を塗りたきや 色を塗れ
黒でも 赤でも 黄色でも  
ゴツホのやうに マティスのやうに
線を描きたきや 線を描け
セザンヌのやうに クレーのやうに
精確に 辛辣に 単純に

何だつてできるさ 想ひのままさ
季節をめぐらせ 星々をきらめかせ
菜の花を咲かせ 薔薇を咲かせ
桜を散らし 楓を色付かせ
素敵なあの娘の横顔を
この世の果てまで見つめてゐるのも 悪くはないさ

からつぽだから
自由なのさ
だから不自由にもなれるのさ
あれやこれやを詰め込んで
それが自分だと決め込んで
後生大事に手放さずにゐれば
いつまでもさうしてゐられるさ

認めてもらふ 自由
誰かから勝ち取る 自由 そんなの嘘さ
詰め物ひとつ増やしただけの 子供だましさ
からつぽの僕も からつぽの君も
自由なのさ はじめから
自由は君の 持ちものぢやない
君が 自由だ からつぽの君が

ほら いつまでも
傷付いた振りをしてゐる そこの君
いい加減 遊びはおしまひにして
立ち上がつて 唄ひ出してみよう
よく見てごらんよ ほんたうに
見てごらん しつかりと

ほら わかつただらう
過去といふ詰め物には
何の力もありはしない
からつぽさんの 君だけが その詰め物に
いのちを吹き込むことができる

かなしむのは 君
痛むのは 君
怒りも 恨みも 憎しみも
からつぽの君が 生み出すもの

微笑むのは 君の心
ときめくのは 君の心
愛しさも なつかしさも
やさしさも からつぽの君が
いつでも感じることができるもの 

だから君
高く飛ばせ 君の心を どこまでも
見上げるばかりぢやなく
見下ろしてみるのさ 君の宇宙を
さうすればわかるさ ほんたうは
君の心が どれほど大きいかを

だから君 からつぽさん
君は君の夢を描け

僕は僕の夢を描く


(二〇一六年四月八日)




  風が運んできた


おさない心は
かなしくて
青い空ばかり見上げてる

ああ このままどこかに行きたい でも
私が行く どこかは
どこにあるのだらう

おさない心は
せつなくて
菜の花の野を行きまどふ

私のまだ見ぬ あのひとは
今ごろ何をしてるかなあ

わた雲 むら雲 ちぎれ雲
どこへとさして ゆくのやら
私の はてない憧れも

あちこちで もう
新しいみどりが芽吹いてゐる
たれも知らない あはれを感じたまま
いくつの命が 去つただらう

おさない心は
いつまでも
青い空ばかり見上げてる

ああ きれいだなあ 空
このまま 体ごとすきとほつて
どこかにさらはれていきさうな

空に手を伸ばさう 何かに届くやうに
その何かが 何なのかを 
きつと あなたたちは知つてゐた

もうゐない あなたたちに
私はいつまでも 想ひを馳せる
見たばかりの夢を 思ひ出さうとするやうに

でもそれはいつも
零れていく砂

ああ それでも私は きいた気がする
風が運んできた かるく うす青い響き

その命たちが呟いた いくつもの言葉を


(二〇一六年四月十四日)




  ひとり


花の中で くらしてゐたら
いつのまにか 次の時代になつてゐた

外に出てみると
私の知つてゐたものたちは みな ゐなくなつてゐた

さみしかつた

さみしいので
また花の中にもどらうとおもつたら
もうしほれてゐた

さやうなら 長い間ありがたう

ひとりになつた



  線


線をかいてみた

線をかいてみた

まつすぐ
まつすぐ
まつすぐ
ひかうとおもふのだが

ふらふらする
よれよれする
ゆがむ
ときどきふるへる
まつすぐにならない
情けなくなつた

私はまつすぐにならない



  顔


あんまり心が こもつてないぞ

だつたら笑ふなよ

へんな顔だ この顔は



  かへる



かへる
げろげろ
げろげろ

嘘つけ そんな声で鳴くもんか
ぢやあそこの田んぼできいてこよう
ほらゐた 鳴け 早く鳴け 今すぐ鳴け

鳴かないなあ

いつまで待つても 鳴かないので
ほんたうのことは やつぱりわからない



  かはいさうな子


かはいさうな男の子がゐた

かはいさうな男の子は
友だちがひとりもゐないので
かはいさうな犬をひろつて 友だちになつた

かはいさうな女の子がゐた

かはいさうな女の子は
友だちがひとりもゐないので
かはいさうな猫をひろつて 友だちになつた

その村では だれもやさしくはなくて
「かはいさうなやつらだ」とわらつてゐた

ある晴れた日
かはいさうな犬とかはいさうな猫が道で出会つた

かはいさうな男の子はいつた

「だめだよ いぢめちや
 かはいさうな猫ぢやないか」

かはいさうな女の子はいつた

「だめよ ひつかいちや
 かはいさうな犬ぢやないの」

かはいさうな男の子は
かはいさうな女の子をきれいだと思つた

「ねえ きみはきれいだねえ」

「ありがたう あなたはやさしいわ」

さうして かはいさうな男の子と 女の子と
犬と 猫と
みなが友だちになつて
もう かはいさうな子たちではなくなつた

村のひとたちが一番かはいさうなひとたちだ


(二〇一六年四月十七日)




  扉


扉がある

目の前にある

目の前にある扉はあけてみるものだ

目の前にある扉をあけてみた

わあ なんだこりや
まつくろな光がどつと入つてきた

あはててしめたが
もう遅い
世の中ぜんぶがまつくろになつた

こまつたな みんながさはいでゐる

「誰がやつたんだ」

僕ですが

さうはいへないな

しかたがない また別の扉をさがさう

その後 僕はずつと
世界を明るくする扉をさがしてゐます

もう少し
待つてゐてください


(二〇一六年四月二十二日)




  ほほゑんでください


私にほほゑんでください

うつむいてゐるとき
胸が苦しいとき
木枯らしが痛いとき

そこにゐてください
私にほほゑんでください

私にほほゑんでください

歌をわすれたとき
想ひをつたへられなかつたとき
涙がかれたとき

そこにゐてください
私にほほゑんでください

私にほほゑんでください

だれかが憎いとき
風邪をひいたとき
自分がみじめに思へるとき

そこにゐてください
私にほほゑんでください

私にほほゑんでください

たいせつなものをなくし
命がこほりつき
心を汚してしまつた

電柱の半分ちぎれた張り紙みたいな
蜘蛛のゐない蜘蛛の巣にかかつた間抜けな蠅みたいな
池に捨てられた古い自転車みたいな
私のそばにゐてください

ふるへが止まるまで
ふさがつた胸がひらかれるまで
やさしさがかへつてくるまで
歩き出せるやうになるまで

そこにゐてください
私にほほゑんでください


(二〇一六年四月二十二日)




  瞳


私はあなたの瞳に住んでゐました

あなたが見つめるもの
やさしいもの
きれいなもの
なつかしいもの
どれもみな 私のものでありました

あなたのまなざしのあたたかさは
そこにゐる私も あたためてくれました

私は まどろんでゐました あなたの瞳の中で
そしてひんやりと木立を吹く風に ふと目をさますのでした

私が好きだつた あなたの翼が
薫る風にゆれてゐて 
ふたりの午後はなんとも すがすがしいのでした

西のかなたを
小さな雲がゆきます とほくへ
その後は どこまでもすみわたる空だけ

それがあんまりきれいなので
あなたも私も 泣いてしまひさうでしたが
そのかなしみは とてもはやくて
涙は追ひつかないのでした

いつも いつも 思ひだすことといへば
あなたの瞳に住んでゐた あの日々のこと

薫る風と 新しい緑の まばゆい季節に
あなたの翼がゆれてゐたのでした――

その瞳も翼も いまはなくて
この世に私の住むところもありません

それでも 果てないひろがりの中に投げ出されて
この心細い はかないもの
命は どこまでも
おはることなく つづいてゆくのです


(二〇一六年四月二十七日)




  うつくしい歌


何もすることがなくて
野原にゐた

どこからか
うつくしい歌がきこえてきた

さつきまで
もう死んでもいいかと思つてゐたが
さうでもなくなつた


(二〇一六年四月二十七日)




  透明な疑問


五月になる

あかるい さはやかな風が吹いて
いい日だな
こんな日には 風でゐるのが一番しあはせだ

つらくもなく かなしくもないが
どうして私は生きてゐるのか と思つた

透明な疑問


(二〇一六年四月二十七日)




  星


星を見てゐる私

はるか昔に放たれた光と私

この光が放たれたときそこにゐたあなた

あなたはいま
どこにゐるのですか 何をしてゐるのですか

私がはなつ このほそい光は
いつ どこで たれが見るのですか



  花


胸のそこにずつと ひえびえとしたものがあつて 苦しい

花が咲くところをしづかに見てゐたい



  夜


夜がきた

このまま朝にならぬ日がいつかくるやうに想ふ

夜がふけた ひとびとはねむる

私もねむる



  たんぽぽ


私の野原には

風が鳴らす竪琴なんて しやれたものは置かれてないが

ふまれてもまた起き上がつてにつこり笑ふ

かわゆいたんぽぽなら いつぱいゐるんだ



(二〇一六年四月二十九日)





自由詩 旧作アーカイブ5(二〇一六年四月) Copyright 石村 2019-05-30 16:09:08縦
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