新しいタイプの地獄
ふじりゅう

ここは天国、英語でheaven。
実は名前なんてないらしいし
これが僕の見ているおかしな夢だって
言われても べつにおかしくない。

絵に書いたような クリーム色の雲の上を
これまた絵に書いたような
白いローブ的な なんかを着た男が
もふもふと裸足であるいてくる。
あ、言ってなかったけど天国(と仮称する)は
基本裸足で生活している。
驚かないでくれ
頭に輪っかなんて 浮いてないんだ。

ゆっくりこちらへ来る男は
両手でシルバートレイを持っていて、
その上にはポットとカップが
カチャカチャうるさく騒いでいる。
まただ。あれだよ、「極楽茶」。
ちなみに、極楽茶なんて名前も適当に考えたもので、
本当の名称など知る由もない。
男は、無表情に微笑んだ口を貼り付けたような
気持ち悪い顔のまま
無造作でもなく、丁寧でもないような
中途半端な仕草でトレイを置き、
コポコポとカップに例の茶を注ぐ。
言っとくけど、ここまで終始無言だ。
ちなみに机はクリーム色の、西洋風円卓だ。
椅子は固く、座り心地が悪そうなのに
特に苦しく感じたことは無い。

茶はカップの中でマジで微動だにせず、
ついでに男も微動だにしない。
手を前に組んだまま、どこか遠くを見ているのか、
謎の妄想でもしているのか、
なんか、そんな感じの表情で突っ立っている。
そう、もう理解したかもしれないが
飲みきるしかないんだ。
茶を、飲みきるしかないんだ。
この茶、第一印象は悪くなかった。
別段美味くはなかったが、不味い味ではなかった。
今もそれは変わらないんだけど、
例えるなら毎日欠かさず、
こんにゃくを食べ続けるような感覚だ。
悪くないと考えた自分が腹立たしい。

いや、何より腹立たしいのはこの男だ。

なんで突っ立ってる?
こいつ何考えている?
どう考えてもおかしい。
仮に、(謎の理由で)俺のお世話係に任命されたとしよう。
だとしても、まず「無言で」これを配り、
「無言で」俺の隣に「立ち尽くす」ことがそもそもおかしい。
そしてこの顔だ。
なんだこの表情?
彼を、まるでロボットだ、とは例えられない。
なぜなら、一挙手一投足に僅かに人間らしさが残っており、
その温度を如実に感じるのだ。
温度を如実に感じるんだ。
ただっ広い雲の上で
この男と ふたりきりの
気まずいったらありゃしない時間から
開放されるのはいつも
茶を飲み干した時だから
ひとくち。温度はぬるめ。
ぬるめと聞くと飲みやすそうだってのは
トーシロの考え。この茶、
まるで片栗粉を溶かしたようにぬめり気があり、
それでいて何とも表現し難い独特の味に耐えられないから、
一気になど飲めたものじゃない。

ふたくち。みくち。ゆううつ。よくち。
男。なにかんがえてんだおめえ。ごくち。もうちょい。ろっくち。ごくり。

まるで味わっているかのように飲み干したら
カチャリとカップをトレイに乗せる。
ガチャ。ポットも乗せる。
そのへんの片付けは全て俺がやる。
じゃあ男は一体何してるんだ。
と言いたくなるだろうが、
考えているとも考えていないとも区別のつかない顔で
こっちが片付けるのをぼさっと見守ってる。

やっと行ったよ。
天国だと信じたい場所は
もしや地獄かもしれんなあと
男の幅広い背を見ながら考えていた。

ある日、私が朝起きると首に刃物が突きつけられていて起きれなかった。
あんな、はっきりいってヤバい男(彼をいつからか「むひょじょん」(無表情から来たあだ名)と呼ぶようになっていた)にもだんだん愛着が湧いてきた頃だ。
刃物を持つ手の先には、これまた
「死神」と聞くと誰もが想像するローブを纏った骸骨だ。
いやもちろんというか、怖すぎて気絶しそうだったが、
そもそも何も悪いことはしていない。

いや、まてよ

悪いこと、というのも人間の定義によるものだ。
例えば、ハエを殺すことを人間は「悪」
だと言わないだろうが、
ハエにとっては悪以外の何物でもないだろう。
アリを引きちぎったこともあった…気がしてきた。
悪いことの基準を自分が勝手に決めていただけで、
この骸にとっては俺は大罪人なのか?

そして長い時間が経った。
そして長い時間が経った。
そして長い時間が経った。
そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、刃物を突きつけられたまま、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、あの男はいったいどうしてる、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、何百日だろうか、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、そして長い時間が経った、
あああああああああああぁ…

私は指示を的確に守っている。
私は指示を的確に守っている。
見えないだろうがひやりとした感触がする。
透明な刃物がまだ首に突きつけられている。

まずはパックを開けて、クリーム色の鍋でコトコト沸かす。
ややとろみがついてきたら白いポットに注ぎ入れる。この時、手が震えるから中々上手く入らないんだよ。
カップとポットをトレイに置いて
あの、すぐ病気になりそうな顔の罪人へ運ぶ。
この時ももちろん刃物が首元にかかっているから、
トレイを落としそうになるんだ。
カチャカチャ運んでいくと、精一杯の微笑みで茶を注ぐ。
このとき、彼が確実に飲んだかを見定めるため
ずっと居ないといけないんだ。
早く飲んで欲しい。ちんたらすんなよ、
最初は悪くないって思うだろうけど
そのうちこんにゃくになるんだから味わうな。
やっと終わったぜ。誰が片付けるか。
そこは指示の範囲外だからな。自分でやれ。
シルバートレイを運ぶ。震える。カチャカチャ。震える。
まだ終わらないけど、
早く天国に行けたらいいな。
クリーム色の空はもう飽きた。


自由詩 新しいタイプの地獄 Copyright ふじりゅう 2019-05-14 15:53:42
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