街に降る
春日線香

                    昨日の雨は
                    東の街に冷たい胞子を降らせた



夜の公園の砂場
無数の傘が突き刺さっていて
引き抜こうとしても絶対に抜けない
まるで地中の誰かが必死に
抜かせまいとしているかのように

   *

あの犬は眠ってばかりで
通りがかりに見るたびに
首のうしろが桃色に禿げている
手で撫でるとひんやりと
林檎のようにひんやりと

   *

レタスが転がっていくだろう
真昼の乾いた坂道を
いくつもころころと
それはとても気分のよい出来事で
急なカーブも一斉に曲がる

   *

並木道のすべての木
それぞれに花が供えられていて
赤や青など色とりどりで
道ははるか彼方まで続いていて
花の種類は無限に豊富で

   *

映画館の天井いっぱいに
怒った男の顔が浮かび上がる
途方もない怒り様である
耳鳴りがあまりにうるさいので
生まれてから一度も眠れないのだ

   *

蝉の幽霊が上空に集まってくる
何事かを相談しているらしい
生まれ変わりの人々が皆行き場もなく
駅前を行ったり来たりするのを
透き通った眼で追っている

   *

辿り着けない本屋というものがあり
その一帯は地図に記載されておらず
行き来も定かではないが
ただ夜中に燐寸を擦った時にだけ
(………この一行紛失………)

   *

壁の中にはぎっしりと
生きた蛇が詰まっていて
冷たい壁に耳をあてると
蛇が身じろぎする音とともに
教会の鐘の音が聞こえてくる

   *

錆びついた自転車
空でじっと動かない入道雲
上手に切り分けられた肉
閉鎖した喫茶店
今日の死亡者は疑いようもなく零

   *

拾った磁器の欠片を
遅い朝の日差しにかざせば
青く鳥が描かれているのがわかる
いつも懐に入れて持ち歩いている
宇宙の欠片を抱くようにして




自由詩 街に降る Copyright 春日線香 2017-09-23 23:25:59
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