春と詩はよく似た病と嘯いて
ただのみきや

コーヒーをかき混ぜるとスプーンが何かに触れた
すくい上げると 懐かしい腕時計
そっと指でつまんで 見る――当然死んでいると思ったが


――蘇生するような
        秒針の震え!


ゆっくりしてはいられない
レモンみたいに眩しい真昼の駅でおまえが待っている
約束通りあの世往きの汽車に乗って
なにも死ぬ訳じゃないさ
時の透けた被膜を∞に破り続けて意識が気化するまで
一緒に旅をする約束だから
樹海が窓の下まで押し寄せて
波の音が足裏を濡らしている
急いで着替え 本とレコードを鞄に詰めて……


――突然ぶるるっと震え 
         魚は逃げた
            指先からカップへ


飛び散ったかなしみは落とせないだろうたぶんずっと
(どうしていつもおまえはそうなんだ! )
いつも通り怒っている誰かが一斗缶をひっくり返す
わたしも染みだ誰かの心の落せない汚れの変色


真夜中の湖を漂い包む
水蒸気は死せる花嫁のベール
舟を出して水底を探る とても長い 十字架で
女の髪のような水草の奥深く 深く底へうずめ
届かないものへ 届くように 
爪先ひとつ水面に跳ね 遠く
音は頬に霧とかかり
月でもない月の豊満さ 呼吸を忘れ 
窒息する子供たち


コーヒーを飲み残して出かける
風の生まれる場所があって
乾いた木切れのように
ポキリと折れた腕がぶら下がったまま
朝の光に揺れている
着替えることもなく化粧もしないまま春は
屍を抱いてやって来た
春は喪の祭り
死と再生のクッキーが振舞われる大人にも子供にも
芽吹きは呪術めいた囁きで
コンパスを狂わせる華やかな笑顔の中心からすが入り
過去からの歌声が頭の中で卵を孵す
いったいなにと契ったのか
埃っぽい空を漂うコンビニ袋
包むものも沈めるものもなく
自由な空の海月はまるでありふれた光景の
哀しい異常者よ
微塵の価値を再び得られずに
風のうまれる場所があって
きっと種のように硬い骨が雪解けの黒土からぬっくりと
突き出している慈母の胸へ
旅する覆面の魂かもしれない
魂など持たないただの覆面かもしれない


渦巻く朧な夜に唇を近づけ
すーっと湯気を吸いこんで
最初から幽霊だったことばにならない火が
火傷のような時を剥がし続けた
乾かない無感覚の痛みがひどく書かせる
驚くような崩落が逢引だ
気恥ずかしく甘く腹を切らせ――
金魚になっておまえとひらひら天地無用に緋色





        《春と詩はよく似た病と嘯いて:2017年4月8日》











自由詩 春と詩はよく似た病と嘯いて Copyright ただのみきや 2017-04-08 22:51:44
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