曲り下る路のむこう
ただのみきや

なだらかな丘を曲がり下る路のむこうは見えない


 
突き当たり 川沿いのT字路を左折する
右手には野菜や果物を売る民家が二つ三つ軒を連ね
白壁が所々すこし剥げたカフェらしき店が一軒あった
はずれの納屋には古い鉄看板――金鳥と大塚製薬そして
黒地に黄色い文字で記した聖書の言葉が貼られている
路の左側に歩道はなく路肩には芝草と所々丈のある雑草が
そよいでいて路より高く見えるがそれもすぐ傾斜して
そのまま雑木林へと続いている

数十分走ると右の路沿いに地蔵が立てられていた
四時過ぎの日差しが地蔵の赤い前掛けを生々しく照らし
眼裏から脳裏まで乾かないインクで印を付けられた気分になる
地蔵の後ろは刈り入れの済んだ畑――おそらく麦か何か
いつのまにか川と路とのあいだに広がっていた
数羽の鴉が土手のあたりの曇り始めた空を行ったり来たり
耳の遠い老人たちのように大声で言い合っている

さらに走り続けると左手の少し奥まった場所に小さな祠があった
ずいぶん傷んでいてはっきり判らないがたぶん稲荷だろう
屋根の一部に銅が使われていて緑青で染まっている
いったい誰が管理し誰が拝むのだろう辺りに人は住んでいないのだ

畑と雑木林に挟まれた路をしばらく真っすぐ走り抜け
日もだいぶ暮れかけた頃 ふと左手の雑木林が後ろへ退くように開け
砕石を敷いた広い場所が現れた――煙が上がっている――人がいる
頭大の石を積み上げた小山の前 女がひとり
髪を後ろで束ねているが長くはないのでうなじが見えている青白く
薄闇の中の白百合のようにぼんやり光を放っていた
紺のセーターかカーデガン 長い焦げ茶のスカート
石の祭壇のようなその場所でなにかを焚き上げているのか
供物を捧げているのか 奇妙さに目を奪われて
通り過ぎ際に花輪と 人形のようなものが微かに――
見えたような 気もしたが 逢魔が時で定かではなく

女がふり返ることを少しだけ期待した とても美しい女が
だがふり返る前に通り過ぎなければならないのだ
絶対にふり返る前に――その思いの方が強かった
速度を緩めずに走り去る 引き返すこともふり返ることも御法度
走り続けるのだ 時間と距離を引き離すことだけが残された全て
目的地は最初から無く辿り着く場所すら見当もつかない

いつのまにか舗装は途切れ幅の狭い山路へと変わり
――日は没して 街灯もなく そう車のライトも点かないのだ
闇に切りつけるような鳥の叫びガタガタ車は揺れ
計器類もすべて瞑ってなにかに飲み込まれたように
冷たい汗が吹き出した身体は強張り額をハンドルに押し当てながら
指は固まり木偶になってもう放れないこの後すぐに訪れる衝撃に
全神経が聳って夢なら覚めるだろう夢ならだけど現実ならどうなる
覚め/ルト/現/実か/ラ/ど/うナる/ドう/なル/ど/ウ……

 

なだらかな丘を曲り下る路のむこうは見えない




             《曲がり下る路のむこう:2017年4月5日》










自由詩 曲り下る路のむこう Copyright ただのみきや 2017-04-05 22:10:30
notebook Home 戻る  過去 未来