待ちわびて
ただのみきや

三月の終わり静かに雪原を食むもの
山々はうたた寝
雲の枕に青い敷布
芽吹く前の樹木が苔のように覆っていた
――チャコールグレイに粉砂糖
それもあっという間に銀のしずく
いくつもの涙が一つの悲しみを宿すように
みな同じ輝きを孕みながら落ちて


坂を上り切った路の脇に一本の木が待っていた
静止の中に躍動を解き放ち
踊り手は煌めきを滴らせる
黒々としたニケの腰のくびれ
骨だけの翼を非対称に傾けながら
あるいはフィギュアスケーター
腕を鳥のように広げ片脚を後ろに高く反り上げた姿勢
――ただ腕にも脚にも余分に関節があって節くれ立ち
腕も脚も先で分かれさらに分かれて無数の蛇のよう
目を瞑り太陽に欹てるメドゥ―サの嘆息
先端は幼子の指のように柔らかく反りながら天に触れ
風が奏でる弦へと生まれ変わる
淡雪のレースは見る間に透き通って
濡れた木肌を微かな湯気が白く這い上がる


この季節 この日 この朝のひと時
わたしは見て 見つめられ 互いに捉え合った
出会いは再現できないカイロス
ひとつの星の破裂のように
造形だけが残された術
夢と現実が互いを鏡に見るように
黒々とした木の肩に鴉の糞が白い花びら――
*群衆の中にすうっと浮かび出た顔、
       
言葉の中で時間は伸縮する



                《待ちわびて:2017年4月1日》


       
*エズラ・パウンドの詩「地下鉄の駅で」の前行。





 


自由詩 待ちわびて Copyright ただのみきや 2017-04-01 20:38:25
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