エブリバディ・セイ・ハッピー
ホロウ・シカエルボク





寂れた街の
忘れられた貯水池のような土曜日の午前に
伸び過ぎた爪を噛み千切っている
零度に焼け焦げる窓辺
表通りでは
ひたすらにエンジンが稼動している
トムウェイツがサーカスの歌をうたっていて
俺は自分自身を分解している
マシンガンみたいにキーボードを打つ癖が治らない
どこかしらのキーの反応が鈍くなる
風になびく
どこかのセールのフラッグみたいに生きることは出来ない
区切られた時間が言葉を断ち切ろうとする


暗く不安定なコードで
モノローグをずっと
貯水池からずっと
眼窩の退化した魚が
美味くもなんとも無い草を漁っている
生かされていればそれでいい
生かされていればそれでいいと
土の中からあぶくを吹き上げているやつらは
どんな形をしているのか想像もつかない


昨夜遅く聞こえた衝突音
ガラスの散らばる音と
途切れ途切れの悲鳴
救急車の音が聞こえた
待ち構えていたように早かった
夜明け前
窓から身を乗り出してみると
赤く染まっていた
セレモニーのように鮮やかに赤く
新しい一日の始まりだ
週末は誰もが精気に満ちている


上等なモーニングコーヒーを欲しがる
クーポンを手にした人々の列
ビル・エヴァンスの流れる客席で
齧った程度の株価の話に花を咲かせる
ステラ・バイ・スターライト
BGMに成り下がってる
ユニクロのフリースと
丁寧に挽かれた豆は手を取り合うことは無い
寂れた街の忘れられた貯水池のような土曜日の午前に
街角に群がる連中の唱える幸せはみんな嘘っぱちだ


公衆トイレで溜まり過ぎた小便を垂れ流していると
個室でいかがわしい行為の音が聞こえてくる
ありえない名前を呟いている
きっとアニメかなにかのキャラクターだろう
生身を欠いた欲望は
きっとこの世のどんなものよりも見苦しいものだ
たくさんの水を出して手を洗い
早々に外を出る
やつの陰茎が萎えるまで聞いている必要は無いのだ


駅の前を通り過ぎたとき
衝動的に旅に出たくなった
適当に切符を買って
二時間ほどで行ける街に着いた
そこで見えるものもたいして違わなかった
集団的な幸せは嘘をついていて
ユニクロのフリースはコーヒーとは釣り合わなかった
異様に毛並みの汚いまだら模様の猫を撫でようとして
近くの家屋の前で腰を下ろしていた老婆に止められた
「うつるよ」と彼女は言った
俺は首を横に振ってそこを離れた
それ以上何も起こらなかった
次の列車までにはまだずいぶん時間があった


暇を持て余して駅から少し歩くと
廃棄された寺に辿り着いた
立派な門は崩れかけていて
くぐるには勇気が必要だった
すべての扉が破壊されていて
あらゆる木が朽ちていた
どんな祈りがそこにあったのか
どれだけ目を凝らしてももう判らなかった


暗く不安定なコードで
モノローグをずっと
貯水池からずっと
生い茂った樹木の裏側ばかりを写す水面は
蜂の巣にされた誰かの死体のようだ
方角の判らない風が混濁した意識のように吹いて
沸騰した脳味噌みたいに波が立ち始める


路面の血液はきれいに洗い流された
今頃はどこかの屋根の下で葬儀の準備
悲鳴だけが本人よりも長く生き残り
こうして物好きな誰かに記録されてしまう
まだ若い女の子だってさ
生きてればきっとたくさん楽しいこともあっただろうにね
なんて世間話の種にしている年寄りたちの人生が
どれくらい楽しかったのかなんて俺には知る由も無い


見えないところで
聞こえないところで
もっと
街角は誰かを飲み込んで
新しい死亡の告知が
新聞に記載される
参列する連中のほとんどが
次は誰の番なのか

考え込んでいるみたいに見える
それは死刑囚の心境に似て
誰もがいわれの無い
罪名を抱えて行列に並んでいる
いつかのあるとき貯水池が干上がったら
ぶよぶよになって一体化した
そいつらの死体を目にすることが出来るかもしれない
そうしてそれを目にしたそいつらの子孫は
血走った目をして口々にこういうのさ
「俺じゃない」
「俺はそうじゃない」
そんな根拠の無い自意識が
いつか君を幸せにしてくれるといいね






自由詩 エブリバディ・セイ・ハッピー Copyright ホロウ・シカエルボク 2015-01-10 12:03:35
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