リアルは断定しない — 子守唄には戯言が一番 —
ホロウ・シカエルボク





自身の毒を舐める夜更け、魂は闇の予感に馴染んで、点滅する蛍光灯は否が応にも近い未来を思わせた、意味を成さない呟きのような電気機器のノイズ、心拍はそいつらと同期しようと試みていた、一度小さな故障をしたことのある心拍…無意識に規則的なものを求めているのかもしれない、だけどそいつは無理だぜ、そんなものは求めるだけ…確か寝床に横たわっていたはずだった、状況が把握し辛いのは僅かの間眠っていたのに違いない、生クリームで満たされた海の浅瀬に寝転んでいるみたいな感覚だった、パソコンのオーディオプレーヤーが何か音楽を流しっ放しだった、ということはまだ眠るつもりではなかったということだ、いつのまにか意識をかっさらわれてしまったのだ…どちらに転ぶこともままならない状態だった、再び眠るには覚め過ぎたし、起き出すには足りなさ過ぎた、だから横になったままで…それがどんなデータだったか思い出せないくらいのボリュームで流れている旋律に耳を傾けていた、音楽を流したまま眠ることをいつの間にか止めていた、それは確かレコードからコンパクト・ディスクに変わったころのことだった、性質が変わった、あの時そう感じたのだ、これは何か違うものになってしまったと…寝床に寄り添うようなものではなくなってしまったと…いまではもうそんな風に思うこともなくなった、レコード・プレーヤーを持っていないせいかもしれない―でもいまでも時々考えることがある、いま耳にしているのは音楽の残像なのかもしれない、なんて―別に、そんな物事にしがみついてるわけじゃない、現在には現在の聴き方というものが確かに存在しているのだ、腕だけを伸ばして、音楽を止め、シャットダウンする、明かりを消してきちんと眠る準備をする、暗い部屋の中で、ルーターが回線をやりくりしている明かりだけが忙しく動いている、点滅する小さな明かり、それを見ていると古いテレビドラマを思い出す、宇宙人とか出てくるアメリカのドラマさ…子供のころは、宇宙が大好きだった、天文学者になりたかった、そんな歌があったな、まさにそんなフレーズそのものだったよ、馬鹿みたいに入れ込んで、いつしか飽きちまった、いまじゃUFOだのなんだのなんて昨日の新聞みたいなもんだ―子供のころから俺の脳味噌は現実に根を下ろすことが出来なかった、生まれてすぐに死にかけたせいかもしれない、あるいはあの時、本当にどこかが死んでしまったのかもしれない、俺の産声はか細かったらしいから…ここに俺が必要とするものはなにもなかった、いつでもそう感じていた、いまだってそうだ、意味合いが変わっただけで本質は何も変化しちゃ居ない、そしてそれは多分、俺自身のなにがしかの欠落のせいなのだ、簡単に言うなら、それは順応という類のものだ―忠誠、と言い換えても構わない、そうしたプログラムを飲み込むことが出来ない、飲み込んだように見せかけることも出来ない、それは恥ずべきことに違いないのだ、それは魂を失っていると吹聴するようなものだ…誰か俺をどこかに加えてくれ、と、若くして死んだロックシンガーは歌った、彼はどこにも属せず、なのにそれを求めていた、それが彼を殺してしまったのだろうと思う、彼が死んだとき、俺は属することなく生きようと思った、どこでなにをしていようと、そこにあるシステムやしきたりにとっての染みのようなもので居ようと思った、もちろん面倒なことは多々あったけれど、受け入れ、受け入れられるよりはそっちのほうがずっと楽だったのだ、おかしなやつでいるほうが、ずっと―こんなコミックがあるんだ、短い話で、都会の暮らしに疲れた主人公が束の間里帰りをする、そこでは村祭りが行われていて、篝火を囲んで村人たちが踊っている、人の形の仮面を脱いで…そんな歌が流れている、祭りを眺めるうち主人公は自分の仮面を脱いで、のっぺりとした顔になって踊りの輪に加わる、そんな話だった、でもそれは素顔じゃない、と俺は思うんだ、でもそれは素顔じゃない、それは、そこに加わるための仮面なんだって…俺はそうした方法に頼ることを止めようと思ったんだ、もちろん俺だって素顔で立ってるわけじゃない、ただ、なんというか、関係性を維持するために仮面をかぶるのはよそうと思っただけさ、そしてそれが具体的にどんなことをすれば成り立つのか、それは判らない、どれだけ歳をとったところで判るようなものではないのかもしれない、無駄骨に終わるかもしれない、だけどそう…なんだろうな、どうしても受け入れられないんだよな、かぶり続けた仮面の裏側はきっとたまらなく汗臭いだろ…欠伸は出るが眠くはならない、どこかで機能が断線している、でもずっとそんな感じだから、眠れたら眠れたで不安で目を覚ましてしまうだろう、生まれてこのかた欠落を保持している、そして見張り塔からずっと、自分自身を見下ろしている、「なんて厄介な生物なんだろう」と双眼鏡を覗きながら思わず呟いてしまうけれど、周りには誰も居ないから気を使うこともない、そんな独り言は電気機器のノイズと同じくらいの意味合いしか持たない―いつか俺は眠らなくなるのではないだろうか、そんな風に思うことがある、考えてみなよ、目を覚ましていたってきっと、夜ってのは夢に近い現実なんだぜ…。







自由詩 リアルは断定しない — 子守唄には戯言が一番 — Copyright ホロウ・シカエルボク 2014-10-23 02:20:22
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