デリート、デリート、デリート、
為平 澪

目覚めれば記憶の波から押し寄せるからと
まぶたには花びらのような匂い立つ手が
幾重にも重なりあって 私の瞳は閉ざされる
脳髄の薄皮を玉ねぎを擦って剥ぐように 
捲ってはならない
球根の中心のことや花芯の執念深さのことを
想ってはならない
それはあまりにも 人の奥に通じる反対側の
道だから

          ※


カッコウの雛鳥よ、カッコウの雛鳥よ、
自分の秘密を知ってはならない
お前は親鳥がモズであると信じたまま
生きてゆかねばならない
ああ、しかし、
お前の鳴き声はモズのものではなく
正真正銘 真正面から親を呼ぶ
呪われた純粋な、声、声、声・・・
(カッコウの雛は、裏切り者の親を呼びながら
  黒い瞳のまま 歩いていけるだろうか)


           ※

羊の群れの戒めが黒く世界に木霊する
決して花の芯のことや 玉葱の中心や
親鳥の悪だくみを 尋ねてはいけないよ
ましてや、君の胸だけに咲いている赤バラ
一本の筋の通った 話をしてはいけない
なぜだって?
羊たちはみんな違う色を憎みながらも
美しいものが欲しくてたまらないのさ
君が咲かせた赤バラは君を守るが
花をだれかに掴まれたが最後 
君は消されてゆくからね
リルケを殺した棘にも似た
君の胸に咲く赤バラの話は特に・・・


            ※

  ネムレナイ、ネムレナイ、ネムレナイ・・・
  赤バラの話がしたいのに・・・
  玉葱の中心のカタチを伝えたいのに・・・
  カッコウの親鳥の狡さを言いたいのに・・・


            ※


じゃあ、仕方がないね
お前がバラバラになるんだ
薬を飲みなさい 布団を幾重にもかぶって
電気を消して ほら、あの時代と同じように
花びらのような手で 幾重にも毎日毎日目隠しされて
脳ミソを熟れてゆく巨大な玉葱に育て上げられながら
体は 冬をやり過ごす蓑虫になるんだ
ほら、目の悪い人なら お前のような人間でも
遠くから見た姿は 薔薇のつぼみのようにでも
見えるだろうから


            ※

ああ、雛鳥
生みの親に裏切られ 育ての親の恩にすら
報えないまま 巣立つ鳥
私が造化として あるいは
ショーウィンドウでマネキンとして飾られていても
都会でお前が真っ黒い瞳のまま生き続けていたなら
その黒い瞳で見てきたすべての 初めての第一声
一番初めの声をききたい

          
            ※


羊の群れの嘘を打ち抜く 辛酸と野生の声
バラバラに散らばった羊たち
オドオドしながら
その声に合わせて 全部が全部
デリート、デリート、デリート、


自由詩 デリート、デリート、デリート、 Copyright 為平 澪 2014-07-19 21:13:59
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