アンチ礼賛
yamadahifumi

 僕は普段、インターネット上に小説を書いて発表などしたりしている。僕はまだ無名の書き手にすぎず、その書いたものにはほとんど反響などは来ないのだが、先日、僕の小説を読んでくれたらしい人物から、長文のメールが届いた。そのメールは僕に対して非常に攻撃的なものだったが、しかしこれはなかなかに特徴的で興味ある文章だと僕は思ったので、その全文を以下に掲げようと思う。興味のある人はぜひとも読んでいただきたい。ちなみに、僕は『ヤマダヒフミ』というペンネームで活動している。もしあなたが興味があれば、僕のその他の作品についても読んでみて欲しい。



 『2014/5/13  件名  感想   送信者   手羽先


 はじめまして。私は『小説家を目指して』の投稿サイトを利用している手羽先というものです。私の事に関しては、『小説家を目指して』の私のアカウントをのぞいていただければ分かると思います。私は普段、歴史小説などを独自の観点から書いているものです。独自の観点と言っても、それは何も、今の研究家らの視野を損ねるものでありませんが…。まあ、その事は別にいいでしょう。私はあなたの作品を読んで、言葉にならないくらいの憤りを感じたので、このようなメールをお送りする次第であります。ちなみに、私は妻子ある身で、このようなメールに長時間使う事はできないので、誤字脱字などもあるかもしれません。その点は、どうぞご容赦願います。
 さて、私はあなたのは『廃人Yの日記』という作品を上記のサイトで読み、我慢できないくらいの怒りを感じました。…私が思うに、あなたはおそらく、二十代中盤くらいのまだ若い年齢なのでしょう。そして、それゆえに、あのような作品を書いた。そういう青春の時期というものが、人にいかに愚かな事をさせるのかは、私のように馬齢を重ねた人間にはよく分かります。それ故、私はあなたに警告、いや、訓戒せざるを得ないのです。あなたのあのような退廃的な作品こそが、この日本、そしてこの社会を悪くしているその原因の一つであると。あなたの作品は、あなた自身の赤裸々な過去の告白のようです。そして、あなたはあの作品で、あなたが今はただのニートであり、親に寄生している存在である事を明かしています。(そう言えば、そこにあなたの年齢も記されていましたね。確か、二十五才だ。)そして、あなたは他にも、あなた自身がいかにつまらない人間なのか、そういう事を切々と書いていました。私には全く、そのような軟弱な精神が理解できませんが、あなたはどうしてあのようにてひどい文章を書いたのでしょうか?私には理解できかねます。私には断固、全く理解できませんね。つまらない、というよりそれ以前だ。大体、あなたの文章は「てにをは」もできていないし、それに三点リーダーの使い方も間違っています。これは作品にとって決定的なマイナスポイントではないものの、小説を書くものにとっては最低限守らなければならぬ礼節のようなものです。あれでは、あなたがあの作品を新人賞に応募した所で、下読みに大笑いにされて、そしてそれっきり没になるだけでしょう。失礼ながら、あなたは本当に大学を出たのでしょうか?。あなたはあの『日記』の中で、あなたの大学時代のエピソードも書いておられましたが、しかし、あれは捏造ではないでしょうか?。あなたは余りにも知的レベルが低い。それに品性も著しく劣っている。それはあなたのあの作品に如実にあらわれていました。そして、何よりひどいのは、ああいうろくでもないものを世の中に堂々と出す、その根性です。あなたのような若者がいるという事を考えると、この国の未来は暗いのだ、と私は考えざるを得ないのです。もっと勉強して下さい。もっと本を読み、考えてください。といっても、あなたのお好きな『太宰治』などというくだらん作家はよすべきです。私は彼を、亡国の原因の一つだと思っています。現代の若者が軟弱になったのには、彼の責任もあるでしょう。私には、あのような恥ずべき作家が国民的人気を誇るという事が全く理解できません。もちろん、あのようなタイプの根暗で軟弱な作家を、あなたのような若い時分の人間が好きになってはまりこむ、そういう事は十分考えられます。ですが、そのようなものを大人になってまで読むというのは、軟弱で弱々しい事に他なりません。私はあのような作家がこの国を害するその原因になっていると思うのです。私は、この国を案じている。そしてあなたのような若者がいると思うと、真に暗澹たる気持ちになります。
 書いている内に本当に腹が立ってきましたが、あなたの作品は本当に品がないですね。ひどいものです。日本語もひどい。あなたはどうせ、今ネットで言う所の『Fラン大学出身』の、まともに日本語も読めない人間でしょう。例えば今、今村友紀という作家がいますね。彼はおそらくあなたと同世代ですが、彼は東京大学の医学部を出てから、文学を志し、そして新人賞も取りました。あなたとは正しく、雲泥の違いです。そうでしょう?。あなたは無名で、ろくでもない日本語しか使えない愚か者であるにも関わらず、その作品の中では随分と威張っておられる。…全く、恥ずかしい限りです。同じ日本人として。あなたはあの作品の中で、芥川賞と直木賞受賞作品をおもいきりけなしておられましたね?。…全く、ひどい話ですね。あなたには呆れるばかりです。あなたご自身はただの無名のニートにすぎないのに、今をときめく芥川賞、そして直木賞作家をこきおろしておられる。あなたには文才はありません。私がここで今、断言しておきましょう。あなたには一切の才能、文才がありません。あなたは自分が賞を取れなくて、しかもFラン大卒のクズなのに関わらず、そのひねこびた自尊心を満足させるために、世の中の偉い人に噛み付いているクズに過ぎないのです。どうですか?。何か、反論がありますか?。私の言っている事は間違っていますか?。あなたは、本当にクズですね。こうして書いている内に、私は本当に腹に据えかねる思いがしてきました。このまま書き続けるのは不快なので、あと少しだけ、あなたへアドバイスしてこのメールを終える事にします。よく、お聞きなさい。
 まず、最初にあなたは働きなさい。まず、あなたはニートをやめて、働きなさい。あなたはあなたがニートである限り、どんな人もこきおろす権利がありません。そして、もっと勉強しなさい。それはあなたの好きな太宰治などという軟弱な作家ではなく、谷崎潤一郎や川端康成のような、きちんとした正統の日本的作家を読むべきです。あなたのような人間が文学を語る権利は一切ありません。あなたには文才がないし、文章も滅茶苦茶です。まず、三点リーダーの使い方、あるいは正しい、きちんとした日本語の使い方から学ぶべきです。そしてあなたには今の芥川賞や直木賞を取った作家を笑う権利は一切ありません。悔しければ、新人賞の一つでも取ってから文句を言うべきです。あなたはご自身が何も達成されていないのに、もう他人をあざ笑う事を自分の本懐としておられる。あなたは、最低の人間です。まず、働け。全てはそれからです。自分自身がきちんとしていない人間に、文才も何もないです。では、これでこのメールを終える事にします。私はいろいろとひどい事を言ったかもしれませんが、それは全てあなたの事を思っての事です。老婆心からです。それでは、あなたがいつか立派な作家になる事を心から願っています。それでは、あなたの事を新聞紙面で見かけるその日まで。五月十八日。手羽先。』


 僕はこの長文のメールを、目を点にして最初から最後まで読んだ。そして読み終えると、僕は再び最初に戻ってまたそれを読み出した。僕は計三度このメールを読んだ。そして、次のような返信をした。

 『長文の感想メールありがとうございました。手羽先さんの言葉は一つ一つ、心に染み入るものでした。手羽先さんの言っている事は全く正しいし、僕もそう思います。でも、人間には「運命」というものが存在し、それはどうにもならないものだ、という事を手羽先さんは忘れておられると思います。そして、手羽先さんが嫌っておられる太宰治という作家は正に、そういう運命を背負っていた人だと思います。確かに、彼は僕同様ろくでないクズだったかもしれませんが、しかし、彼は一人の人間であろうとその生涯を貫いた人でした。人間というのは、正しさという一般性だけで生きていけるものではありません。他人からどのように見えても、その人にはもがき苦しんでいる何かが、その人の中にあるという事は十分考えられるのです。そして、よくよく考えれば全ての人がそうではないでしょうか。僕は確かに、手羽先さんの言うとおりクズの中のクズですが、しかし、僕はクズから脱却する事より、自分がクズであると世界に向かっておおっぴらに宣言する事を好みました。それが僕の世界に対する精一杯の誠意でした。その誠意が手羽先さんにも感じられたら良かった、と思います。僕もいつか、手羽先さんのお眼鏡にかなう作品を書ければいいと思います。なんにせよ、長文の感想メールありがとうございました。
 ところで、僕は今まで自分の作品に自信がなかったのですが、この手羽先さんのメールをいただいて、始めて自分の作るものに自信が持てるようになりました。僕の書いたものにはどこからも、全くといっていいほどに反響がなかったのですが、これほどの批判的な長文メールをもらうという事は、他人の憎悪を掻き立てる『文才』というものが、少なくとも僕の中にはあるのだな、という事が自分でもよく分かりました。いずれにしろ、僕にこのような自信をもたらしてくれた手羽先さんに僕は深く感謝します。色々とありがとうございました。』


 その後、手羽先さんからの返信は来ていない。




※ 本作品はフィクションです


散文(批評随筆小説等) アンチ礼賛 Copyright yamadahifumi 2014-05-21 18:28:54
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