「石狩川」
Lucy

西の空を覆う厚い雲を
僅かに縁取り
淡い光が
放射状に
さらなる高みへ腕を伸ばす
羽毛のような桃色の塊が
透明な大気の層に漂うあたりへ

空はいつまで記憶するだろう
人の視線を

私はまだ高校生で
あの高いところの雲を目指し
羽ばたいても
きっとたどり着けない鴉を見ていた

「石狩川」という小説を
必ず読めと地理の先生が言った
「君達、問題意識を持つんだ」
という口癖を
クラス会に集まる度に
誰もが憶えていると言う

本庄睦男の文学碑は
鉄橋の傍に在り
文芸部の先輩と訪ねた事もある
錆びついた鉄骨に
鴉が啼いて群がる線路を
歩いて渡ると
小さな無人駅があった

その小説を私がついに読み終えたのは
信じられない程の年月を隔てた今年二月
北の街の病院で入院生活を送った時
窓の外に粉雪は吹き荒れ
遠くに細く海が横たわっていた

桝井先生、
あなたがこれを読みなさいと言った理由わけ
私はようやく知りました

縁あって夏のはじめに訪れた
「あいの里」という地名の駅の
ホームのはずれのフェンスに寄り添い
見上げれば
淡い光に染められた空は
広大な石狩平野を見下ろしている

ほんの百五十年ほど昔
熊笹をかき分けて
先人が苦労の末に築いた道を
じっと見おろしていたように

重い鞄を下げ橋の袂から見上げた私を
あの日見おろしていたように




(「蒼原」94号 2013,12月)より…※一部分修正しました。


自由詩 「石狩川」 Copyright Lucy 2013-12-20 14:09:56
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