風邪と悪夢
ただのみきや

風邪をひいて一日寝ている
よくもこんなに眠れるものだ
寝ては目覚めてまた夢を見る
夢で野垂れ死にしても不思議ではない
見知らぬ旅館に隠れている
ドアが開いたかと思うと風呂上りの子どもが転がり倒れ
その向こうでこれまた湯気を立て立て全裸の父親が言う
「ここで寝ればいいのか」
ここはおれの部屋だからだめだと断る
すると部屋に六組もの布団が敷かれていて
それぞれの布団がもぞもぞと動き出す
一つの布団からは猫の鳴声がする
布団にもぐったままこっちに近づいてくる
他の布団からは人の囁き声がする
突然盛り上がったかと思うと
一つの布団の中から全身真っ黒で目のない男が飛び出した
電燈の紐にも2センチくらいのやはり黒い人がよじ登っている
おれは躊躇なく小人を指でつまんで潰した
すると指に棘が刺さる
「毒入りか」と聞くと黒い男が頷く
彼らは誰かの呪詛でやって来た悪霊だと言う
おれは黒い男に指の毒を絞り出させてから
風邪をひいていてお前たちの相手はしていられないからと追い出した
そして見えない猫だけは湯たんぽ替わりに置いて行かせた
彼らが出て行ったとたんに部屋はベッド一つの洋室に変わった
それから部屋を出た
そこは古い学校のような建物で大勢の人が溢れていた
知人の知恵遅れの息子がおれにからんできた
この母親ときたらもう親より大きい息子が力任せに飛びかかっても
小さい頃と同じようにしか注意しない
おれはいいかげん頭にきてその馬鹿野郎の首根っこをつかみ
怒鳴りつけた
「おれは風邪をひいて具合が悪いんだよ! 」
日頃の我慢が一挙に爆発して
「おれは本当はおまえのことなんか大っ嫌いなんだよ! 」
こうして泣かせてやった
すると妻から電話があり 
「その子の母親が怒り狂って捜している。
 あなたが息子を拉致したと警察に通報したみたい」
つくづく面倒くさい連中だった
おれはその子から離れて一階へ行った
すると陽の当たらない暗い廊下の奥の方から讃美歌が流れてきた
どっかの教会が間借りしているのだろう
ふと覗いてみようかと思った
だがおれは風邪を治すために眠らなければいけない
余計なことは何もしたくない
パトカーのサイレンが聞こえてきた
目覚めていても夢の中でも
それだけは変わらない
言葉の標本にしてしまえば悪夢なんて所詮この程度
だけど風邪は本当に嫌な奴なのだ


       《風邪と悪夢:2013年11月24日》


自由詩 風邪と悪夢 Copyright ただのみきや 2013-11-24 12:50:29
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