おんなが笑っている
HAL
おんなが笑っている
高笑いでもなく微笑みでもなく
氷雨に打たれ空を見上げ
おんなが笑っている
おんなの頬を伝うのは
雨粒だろうか涙だろうか
痩せたおんなだった
背の高いおんなだった
美しい彫刻のようなおんなだった
そのおんなの視線がゆっくりと
ぼくのほうにかわった
おんなはまだ笑っている
おんなを視ているぼくを笑っている
だけどせせら笑いではなかった
ぼくとぼくの世界性をただ笑っている
見下すでもなく敬うでもなく
ぼくとぼくの世界性を笑っている
そしてぼくにゆっくりと歩を進めた
ぼくはおんなにそっと抱きしめられた
おんなからは知らない花の芳香がした
その見知らぬ花の匂いのする抱擁のなかで
ぼくの60兆の細胞はおんなの60兆の細胞と
溶けながらひとつになろうとしていた
その初めて憶える感覚のなかで
強い睡魔がぼくに襲いかかってきた
瞼をあけていられなかった
遠のいていく意識を感じながら
ぼくはやっと気がついた
おんなは紛れもなく
ぼくのための棺だった
ぼくの溶けかかった瞳孔は視ていた
おんなが笑っている