「事件とウイスキー」
mizu K


あの日遮られない渡り鳥たちの羽ばたきが折からの強い季節風によって大きくねじ曲げられていく風景を窓辺から眺めていた
手もとの机の上には整えて並べられた琥珀のかけらたちと剥落した魔法瓶にさした花々
ひびわれたグラスからはウイスキーがどくどくと染み出しているのだがその勢いがまったく衰えない
窓の外を灰色の人々がゆらゆらと歩く
季節の大風が吹いてそこかしこにかろうじて残っていたやわらかいものを根こそぎ切り裂いていく
うなるような声を上げて家屋をゆらせば
それを追いかけるようにしてざりざりと雹が地面を突き刺す
カラスは鋭く鳴いて塀の向こうへ飛び去った

ある日北端の蒸留所のある風景で
そのまた先の岬の突端でバグパイプを吹いている人がいたがちょっと目をそらしたあいだに消えていた
ひとりは海に落ちたと言い
ひとりは空をのぼって雲に消えたこの目で見たと言い
ひとりは地面に沈んだ楽器だけが残っているだろうと言い
わたしは永久機関になってしまったウイスキーグラスのことを考えていて
床に流れ落ちた琥珀色の液体は椅子の下を通り、机の脚をまわってドアへむかい、すきまから廊下に出ると気づかれずに窓から外へ、庭を横切り、石垣の継ぎ目から通りへ出、建物の脇から階段を上り、停車した車の列をすりぬけ、わき道へそれ、C. カーソンの石畳、また小さな路地、踏み固められた小道をたどり、しばらくすすんで、ある家の方へ、ガルシアの方へ

またある日ひとり窓辺に腰掛けて手もとの琥珀を転がしながら眺めていた空の向こう、雲の流れる風景から
なにかが垂直に落下し続けるのだがその勢いがまったく衰えない
それは放りなげられた小石かもしれないし力つきた渡り鳥かもしれないし将来灰色の羽のはえる少女なのかもしれないしここから見えるのは「イカロスの墜落のある風景」の風景なのかもしれない
森の中にある発電所の屋根に穴があいたと人づてに聞いたのはしばらくしてからだった
だれかにとっては人生を左右する事件だったのだろう
だが別のだれかにとってはささいな出来事になるのだろう
魔法瓶にさした花々はとっくにしおれていた




自由詩 「事件とウイスキー」 Copyright mizu K 2013-10-20 02:04:30
notebook Home 戻る  過去 未来