散弾銃の硝煙の妄想と瞬きの間だけの小さな虹
ホロウ・シカエルボク





コールの途切れた公衆電話のぶらさがったままの受話器からは必ず報われぬ亡霊たちの呻き声が聞こえてくる、コミットなんか出来ない、出来るわけがない、その回線はもうどこにも繋がれてはいないんだぜ、静かにフックに戻してボックスを後にするんだ、お前自身にまだ生きていくつもりがあるのなら…くしゃみの様な通り雨にひとときだけ濡れた街は、夏の終わりと秋の始まりの境目を忘れたように―午後の穴ぼこの上で痴呆のように口を開けていた、スクーターとソーセージとスマートK 、たまたま目についたのはそんなものだった、吸いもしない煙草を咥えていた、へらへらした口先を誤魔化すためだったのさ…ローリング・ストーンズのアジア・ツアーの噂を月刊誌で読んだ、ニュー・アルバムなんかここ何年もリリースしちゃいないのに…どっかで見たようなベスト・アルバムばっかでさ、満足しちゃいねえぜ、何も満足したりなんか出来ねえ、あんたたちまでそんなことしてるんじゃさ…ずっと街角で生きているみたいなメイド喫茶のフライヤーをばら撒く女、あんたのことネットで見たぜ、裏路地に隠れて煙草吹かしてたろ、そんなんじゃご主人さまは喜んじゃくれないぜ、それともそんなことしても許してもらえるくらいのご奉仕をあんたは身につけているのかな―マクドナルドの横の通路の物陰で若いカップルが獰猛なだけのキスを繰り返していた、その側を歩き抜けるとき俺は大きなくしゃみをした、別に悪気はなかったがそいつらのお気には召さなかったようで…俺の脚を止めるくらいに大きな舌打ちをしやがった、だけど俺が振り返って目線を合わせるとどっかヘ行っちまった、どっかの漫画に書いてあったぜ、羊が牙を剥くもんじゃないってさ…歩き去ろうとするお前の脳天に後ろからサバイバル・ナイフを突き立てたって俺は一向に構いやしないんだ、絡まれたっていやなんとかなるかもしれないしな…だけどそう、殺意なんてすぐに忘れちまう、数歩歩みを進めればまた、面白いものが目に入る、ほら、あそこにいるだろう、コンビニの小さなビニール袋を持った老婆…そう、わりと小奇麗な格好をしている婆さんさ、あの婆さん、いつもこの辺の店で食いもんを注文しては、そこで食うことも無く、あのビニール袋に食いもんを突っ込んで金も払わずに黙って店を出るんだ、いつからそんなことしてるのかは知らない、どうしてなのかも判らない、でも、今じゃ彼女に対してムキになる店はもう無い、そういうもんだと思って受け入れている…だけど彼女、果たしてあれをちゃんと食べているのかな―?小さく丸まったその背中を見送って小さな公園に出ると浮浪者が鳩に餌をやっていた、まるでそうすることが彼の人生における重要事項みたいにさ…俺が彼を見つめていることに気付くと舌打ちして(またかよ)、殺すぞと毒づいた、やってみなよと返すとそれ以上もう何も言わなかった、本当に殺すやつはわざわざ宣言なんてしやしないよ―薄汚れた公衆便所の便器に小便を引っかけると、個室の方から喘ぎ声が聞こえた、俺はまた大きなくしゃみをした、さっきのカップルだったら面白いなと思いながら…それにしても真昼間からこんなとこでよくやれるもんだよ、個室の中はしんと静まり返った、俺も静かにして便所から出た、それから小さな古本屋を覗いて、ゲーテの小説を買った、知ってるか?若きウェルテルの悩み、幾つも違う訳があるんだぜ、昭和初期のやつを読みなよ、終戦直後に出たやつさ、それが一番いい雰囲気を出してる、多少かしこまったものの方がゲーテにはちょうどいいんだ、俺の持ってるウェルテルはもうこれで五冊目になる、だけどどれを読んだって、それがゲーテであることに変わりなんかないのさ…オーガニックの店でアイスコーヒーを飲んだ、少しでもまともなものを飲みたければまともな店に行くことだ、客を回すことばかり考えている店なんかで飲んじゃいけない、なにをするにも対価というものはあるのさ、何をするにも対価というものはある…手に入れたいものが下らないものばかりなら、近寄って来るものはくだらないヤツばかりなんだ、金を払って店を出ると、雨が降ったことなんかどっかヘ行っちまっていた、俺は公園に戻って、日蔭のベンチに腰を下ろして靴紐を結び直した、飢えた鳩が何羽か様子を窺いにやって来たが。俺が何も持ってないことが判るとすぐに居なくなった、ここいらの鳩はもう平和の象徴なんかじゃない、糞を撒き散らして食いものをねだるそこらへんのガキと同じ生き物さ…散弾銃を持って撃ち落としてやりたいね、鳩も、ガキも、浮浪者も…だけどあの婆さんだけは撃ち殺さないぜ、あの婆さんだけは俺は撃ち殺さない、この街が死体の山になったとき、彼女が何をあのビニール袋に入れて帰るのか…そいつをぜひともこの目で見てみたいと思うからさ


時限装置のついた噴水が舞い上がるぜ、午後の太陽にほんの一瞬だけ浮かび上がる虹が見える。





自由詩 散弾銃の硝煙の妄想と瞬きの間だけの小さな虹 Copyright ホロウ・シカエルボク 2013-10-13 15:41:33
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