あらゆるものは砂の数
ホロウ・シカエルボク



濃霧のような夜の中で揺らめく影、ぼんやりとした輪郭を辿って…壊死したような思考がまるで要領を得ない文脈を蒸気のように吹き上げている夜の帳、渇いた砂のような身体を壊さないように、胡坐をかいて目の前にちらつく波形を見ていた、描く旋律の中に隠れている理由は何だ?時々思い出したみたいに熱を帯びる詩情の中に潜んでいるものはなんなのだ…?特別そいつに深く関わったりなんかしない、深く関わることこそが真理だなんて俺は考えない、声高に叫ぶことだけがアティチュードだなんて俺は考えない―狙える的はすべて無視するべきだ、安易な結論の為に生きることだけはしてはならない、時計を見る、そこに喪失されたものの数を数えてみる、取るに足らないことではある、だけどそれだって喪失には違いない、その喪失の為に失望することは出来ない、俺の言ってることが判るかね、喪失なんて日常的に行われているものなんだよ…死に絶えた鳥類の羽が降り積もっているみたいな時間だ、すべては失われて…どうだい、そいつはひどく情緒に満ち溢れているじゃないか、積み上げるのはよしなよ、積み上がっていくものを見てなよ、そんな種類の確かさを信じなければ、きっとそれ以上どんなところへも行くことは出来ないぜ…ゲージ爪弾いてるルー・リード、マジックのことを歌っている、マジックのことを…俺も少しばかりそのマジックのことを知っている、彼ほどではないにせよ―どんな時に、どんな音を求めるのか、それが一番大事なことだよ、それが一番大事なことだ、満ち溢れていけばいくほど、たったひとつを探し出すことが重要になってくる、そうして見つけ出されたものを、詩情と呼んではいけないか?俺の言ってることが判るかい、何だか判らないものこそが一番確かなものなんだ、正体のはっきりしないものだけが…そんなものの為に俺たちは生きているのだから、そんなもののことについてうたわなければ、深い海の上で浅いところの魚ばかり捕まえているのと同じことさ―息を止めることが重要じゃないんだ、どの深度の、どの階層の、どんな生身を拾ってくるのか…そいつを選択することが一番大事なことなのさ、手を突っ込みさえすれば拾えるものになんて俺は興味がない、俺が知りたいものは、俺が書きたいものは、いつだって見たことが無い階層に住んでいる生物のような呼吸、五感とはまるで違うもので地下水に潜っていく目玉が退化した生物のようにさ、どこに行けばいいのかが勝手に判ってるような潜り方が理想なんだ、そうして掴んできたものを、ただ放り投げて、ある種の選択と選別のもとに、捨てることなく、配列を変えて…そこにはきちんと宿るものがある、そこにはきちんと宿るものがあるぜ、それは選択と選別と配列のもとに訪れるんだ、魔法陣と呪文によって現れる魔物のようにさ、それは確実に下りてくるんだ、それは何かなんて知る必要はない、そうだろ?それが役割を果たしてくれるなら、そいつがどんなものなんか知る必要はない、そうだろ?知ることは重要ではない、知ることになんて大した意味はない、大切なのはとらえることが出来るかどうかさ、その一瞬一瞬に、その時だけの名前をつけることが出来るかどうかさ、俺はそういうことのやり方を試し続けているんだ、俺は説明が必要なものになどなりたくない、俺は出来ることならただの疑問符でありたい、いつでも、いつでもさ、違和感と言ってもいい、しくじった溶接みたいな有様でさ、向うの景色を透過して見せてみたい、そんなものが俺が見ようとしているものに他ならないのだ、夜が凄い勢いで湿度を増して行く、明日までにいろいろなところで雨が降るらしいとラジオが言っている、今夜、世界は果てしも無く濡れるのだ、愚直な詩人はその中へ飛び出して詩を叫び出すだろう、路上の詩人、頼まれもしないのに割れた声で詩を読みあげる路上の詩人、気をつけなよ、俺にそんなもの見せたら喉笛を掻き切るかもしれないからな―そんなものにはなんの意味もない、そんなものには…滑稽さを装いながら真剣さを見せるのはよしなよ、そんなのはどんな世界でもみっともないとしか評されないんだぜ、静かに、気持ちを落ち着けて、自分がやるべきことだけをすればいいんだ、自分がやるべきことを理解しているのなら…俺は胡坐をかいた脚を崩して投げ出す、堰き止められていた血液が騒ぎ出す、軽い痺れ、指先に軽い痺れ…時々血液は電流に似ている、それは温度で感電する電流なのさ、温度の種類は多彩だ…そう簡単に通電することなんてない、肉体の温度の動き方を知るんだ、そいつを詩情と呼んで何か差障りがあるか?そういうものこそを俺は詩情と呼ぶんだ、それこそが死に絶えた鳥類の羽なんだ、死に絶えた鳥類の降り積もる羽さ―違いなんかない、違いなんかないぜ、死の種類はひとつしかない、死の理由はうんざりするくらいたくさんあったとしても…ほら、果てしなく積もっていく羽の中に俺は埋もれて、彼らが生きていた頃の蠢きを聴いている、それは俺が昨日について書く詩とまったく同じもので、だからこそ新しく生まれる、判るかい、気になった場所をずっと掘り続けることだ、どんなふうに掘ったって構わない、気が向いた時に少しずつ彫ったっていい、気が乗ってきたら狂ったように掘ったって構わない、だけど理解しておけよ、ひとつだけ理解しておくんだよ、その行為に自分がどんなものを求めているのか、そのことだけは理解しておくんだぜ…土か、暗がりが、石か、生物か、温度か、湿度か、臭いか、色か…


そして、どれかひとつになんて絶対に決めちゃいけないぜ。




自由詩 あらゆるものは砂の数 Copyright ホロウ・シカエルボク 2013-07-31 22:08:41
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