マザコン
HAL

小3の時お袋が内職の金で
買ってくれた少年向きの一冊の本
読み始めたら辞められなくなった本

高校性になってからそれが
コーネル・ウールリッチの
《黒衣の花嫁》だと知る

お袋は僕のいまの同じ歳になって
スキルス性胃癌で逝ってしまったけれど
読書の愉しさを教えてくれたのはお袋だった

その恩返しのつもりじゃなかったけれど
病院の待合室の長椅子から事務所へと通う3ヵ月
たまに自宅へ帰ってシャワーを浴び服を着替える

全然 苦痛でも何でもなかった
病院の待合室の固い長椅子で眠る毎日
でも お袋に僕は生まれて初めて嘘をついた

癌じゃないわよねとの問いに僕は笑いながら
相変わらずの心配症だね
ただの少し重い胃潰瘍だってと

お袋の顔に笑顔が浮かんだけれど
僕は泣きながら車を運転して
事務所に行き仕事に励んだ

そして最後の夜にもう意識も混濁している
お袋の耳元で聞こえるように言った
これ以上はない虚しい言葉“頑張りや”

お袋は聞こえたのか首を微かに縦に振った
その言葉しか想いつかなかった馬鹿さ加減
その愚かさがいまでも僕を苛み続ける


自由詩 マザコン Copyright HAL 2013-05-24 17:23:02
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