頑張れオッサン!
HAL

或る深夜観たいものがある訣でもないのにTVを点けた
想わず眼を見張ったそこには見慣れた歩行器を必死に
掴もうとするいつかのぼくがいた

もちろんそれはぼくではなかった
ぼくと同じ脳梗塞で倒れた65歳の男のリハビリの姿だった
ただ彼は右半身の麻痺でありぼくは左半身の麻痺だけの違いだった

彼は歩行器のバーをいうことの利かない右手で握ろうとしていた
彼は泣いていたその気持ちは痛い程ぼくには分かった
情けないんだ悔しいんだ死ぬ程恥ずかしいんだ

幼いこどもだってできることが自分にはできない
ぼくにはきっと病院のベッドで眼を醒ました時からの様子が
ひとつひとつすべてが想像できた

まず手で何かを握ることそれひとつにも朝食を済ませてから毎日眠るまで
理学療法士さんと作業療法士さんと看護師さんの力を借り励まされても
いつも死にたいと想ってきたことだろうぼくの言ってることが間違ってるか

自分で排泄行為ができないために女性の看護師が大人用のおむつを
取り替えて貰う時に尻を綺麗に拭いてくれることに羞恥は憶えても
感謝は憶える余裕はなかっただろう謝りの言葉を繰り返しながら泣いただろう

でも死にかけても助かった命だし自殺さえできる身体ではない
大の大人だって分かっていながら泣きながらすいませんの言葉しか言えない
そう言えるまでになるまで彼も濃密な1ヶ月を費やしたはずだった

それに至るまで小さなボードに文字を書き気持ちを伝える訓練もしたはずだ
ましてや彼は右手が想うようにならないぼくは利き手ではない左手だった
それでも情けない心と眼から溢れてくる涙は止まらずそれを拭うこともできない

彼には二人の嫁いだ娘がいたそれは最初彼に取って娘に迷惑を掛けることだ
言葉にならないけれど親子だけに迷惑を掛けることもまた泣く位辛かったはずだ
ぼくはTVに向かって彼に喋りかけていた“オッサン、家族はオッサンの味方だと
俺に見舞いに来てくれたのはマンションの管理人と不動産屋だけだった

家族には迷惑ではないしその二人の娘がいちばんオッサンを心配しているんだと
俺はね6ヶ月入院して半袖の私服で退院したらもう正月は眼の前だったんだとも
それまでは部屋がある4階まで1分だったのが40分以上も掛かったんだとも

オッサン 俺のような者にも奇跡は起きたんだ
俺よりきちんと生きてきたオッサンじゃないか
オッサンにも起きないとは言えないじゃないか

諦めるなよオッサン!多少は遅いがいつか自分でトイレに行ける日が来る
ひとの視線なんか気にすることはないんだ家族のために頑張れよと
いつかオッサンも分かるよ必死はひとのもっとも気高い姿だということが


自由詩 頑張れオッサン! Copyright HAL 2013-05-17 19:00:26
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