歴史性
破片(はへん)

 風化した紙に閉じ込められていた、雲が、大海原の上空を滑り抜けていく。放ったのは誰。ここに人間が生まれていない時からの、長い旅を終わらせることが出来るのかどうか、その問いを。赤土が日を浴びて紅色の発光体に変化する。その巨大な土塊の頂から、一冊の本を拡げた、頁から雲を引き抜いて、遠くへ投げる生き物がいた。

なにかおしえて

何かって、何を

じゃあ、それ、を

誰にもわからないことなんだよ、それは

おしえる、ってそういうことなの

 世界線が交錯していて、そこは、誰も足を踏み入れない秘境。目に映るもの全てが黄金よりも輝かしく、自然であり、素朴な。そこは。海洋の底で生まれた小さな地殻変動は、誰にも読めない名前のついた海岸線を揺らめかし、砂浜に、半ば埋もれた巻貝の表層が、揺れる海水のさざめきに模様を奪われ、脳機能を失った人間だけが出入りする境地を、遥かな中空や、採光の優れた高級住宅に映写するのは、やはり交錯した腕によって、だった。営みが途絶えることがないとしたら、何処かの誰かが、または何かが、永遠ということを語ろうとも、それはある真実。

あ、じゃあ、君は生きてるの

もちろん
それじゃあなたも、

生きてるさ、当然

ここはどこ

それは、ごめん。

呼吸が苦しいんだ、さっきから、上手くいかない

そうか。でも、言葉が交わされていた。

  今から約16分前、今日という日の世界は24分前に照らし出されていた。光と熱を振り撒く太陽が、一瞬の内に、今、消滅したとして、約8分間、世界は穏やかであり続ける。君の開いている本が閉じた所を、まだ見たことがない。穏やかでなくなった世界を、まだ見たことがないのと、同じように。
 粘性の、肌に吸着するような暗闇が満ちている空間で、あなたはおもむろに手首を縦に裂く。太陽の通過した足跡から、仄かに放射線の温度が立ち上る、黒々と癒着し凍結した路面のない秘境を見せられて、あなたは静かに、まだ滑らかで変色のない紙の中へ、隣の頁が不自然に風化した本の中へ、太陽と世界と、空と海が、あるべき場所に置き去られたまま。それが今から8分前。世界は依然として穏やか。さざ波が聞こえる。蜃気楼のように、視力で捉えられないくらいに、茶褐色に煤けた雲が震える。


自由詩 歴史性 Copyright 破片(はへん) 2013-05-14 06:14:38
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