アンテーゼという娘の物語
凪 ちひろ

町の人は言った
「女の子は宝石が好きなのよ」

今日も行商人の男が
小さな宝石を売りに来る

娘たちは彼を囲み
一つ一つ宝石を手に取って
ため息をつきながら
金持ちが買って行くのを見る

「おまえたちも いつかあれが
 買えるように」
大人たちは 娘の髪を梳き
そのうち化粧を施した
金持ちの息子が気に入るように


アンテーゼは宝石に興味はなかった
「そんなものわたしはいらないの」
でも周りの大人は口々に
「女の子は宝石が好きなのよ」


ある朝アンテーゼは森の中へ
そのまま帰って来なかった


アンテーゼが辿り着いたのは
深い 深い ほら穴
火を炊く場所も 眠る場所もある
彼女は一人で暮らし始めた

ある晩美しい青年が訪れた
二人はすぐに恋に落ちた

けれどもアンテーゼは青年が
満月の夜にしか現れないのが不思議だった


青年の正体は狼
魔女に魔法をかけられた狼
魔女のごちそうを横取りした罪で
満月の夜だけ人の形を取る


そんなことを知らないアンテーゼは
ある日青年の後をつけて行った
たどりついたのは 狼の巣
夜はとうに明けていた
青年の姿はなく
たくさんの狼に切り裂かれながら 
アンテーゼは永い眠りへ


次の満月の晩
青年は アンテーゼの骨を
しゃぶっていた自分に気付いた

絶望した青年は
彼女と過ごした あのほら穴へ
そこにはもう 誰もいない
前の月の晩 二人で囲った火の跡が残っていた


泣き疲れた身体を引きずりながら
青年は自分の運命を呪った
そのまま森で 一番高い崖へ
満月の下 谷へ飛び降りて行った


宝石に興味のないアンテーゼ
満月の夜だけ 彼女を想う狼
人の心を昔失くした魔女は ただ微笑みを浮かべていた


はみ出した者に 行き場はないの?
あのほら穴の中の時間だけが 楽園だったの?


回る 回る 救いのない輪舞曲(ロンド)


あのとき彼の後をつけなければ

あのとき正体を明かしていれば

魔女が昔 人の心を失わなければ
 


はみ出した者に 行き場はないの?

あのほら穴の中の時間だけが 楽園だったの?

それとも この世を離れた先に 楽園があるの?


町の人は今日も言った
「女の子は宝石が好きなのよ」


また別のアンテーゼが 暗い顔をしている
町の人は 前のアンテーゼが
森の中で 死んだことなど知らない
知った所で 彼らは 自分を責めたりしない

彼女が選んで 恋した道



町の人は知らない
アンテーゼの心 傷つけたことを

町の人は知らない
魔女も昔 アンテーゼだったことを


自由詩 アンテーゼという娘の物語 Copyright 凪 ちひろ 2013-01-30 10:57:17
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