歌にすら
佐々宝砂

あなたは汚れた布にくるまって
人工の声帯で
人工の泣き声を張り上げている

あなたのほんとうの声を奪ったのは
わたしだったのだとおもう

  *

もうあんまり覚えていないけれど
そういえば
この世界を終わらせてしまったのもわたし
みんな気づかないふりをしていたのに
土曜のつぎには日曜が
日曜のつぎには月曜が
いつもと同じように巡ってくると
信じるふりをしていたのに
世界は終わったと
告げてしまったのはたぶんこのわたし

まがいものの世界は今日もきちんと動き
あなたの人工の声帯は今日もきちんと泣き叫び
夜には人工の星空が流れゆき
朝には人工の太陽が輝き
それでいいのだと
わたしは思っていたのだけれど

  *

あのときすべては過去形だとあなたは言った
過去形にすればわかりやすいからという理由だったのか
過去形にすれば心に沁みるからという理由だったのか

ビートルズの"And I Love Her"を
ついうっかり
「そして僕は彼女を愛した」と
過去形で訳してしまったのは
わたしだったかもしれない
あなたのような気がしていたけれど

  *

あなたに血肉を返還しなくてはならないどうしても

単純な古い言葉を返還しなくてはならないどうしても

どのように偽善的にみえようとも
あるいは偽悪的にみえようとも
またはひとつもポイントが入らないとしても(笑

笑ってる場合じゃないでしょ。

  *

愛している
いまもあなたを愛している

歌にすら許されないとしても


自由詩 歌にすら Copyright 佐々宝砂 2004-12-16 05:59:35
notebook Home 戻る  過去 未来